第99話

「……え?」

 目を開けると目の前に顔が三つ。ウサギ、猫、美女の真顔まがおが視界をめる。……これって何か物凄ものすご深刻しんこくな状況なのかしらん? 怖いんですけど……。

「……何?」

 目をパチクリして由香里はゆっくりと体を起こした。眩暈めまいをこらえる。ベッドの上ではなく、なぜか床の上に寝ていた。部屋の明かりは午後っぽい。夜じゃないの? ……どうなってんだかさっぱりなぞだ。

「由香里、無事か? 大丈夫か?」

ふわふわのオレンジ色のウサギが胸に飛び込んできた。由香里はアズキを抱きしめささやいた。囁き声しか出なかった。鼓動こどうを静め、心を静める。

「大丈夫だよ」

 アズキは由香里に体を押しつけて安堵あんどの息をもらした。

「んー、もう、ビックリしたわよ」

 アイリスが由香里を背中から抱きしめた。そのあたたかさと力強さに安堵して、由香里の体から力が抜ける。一瞬、意識が消えかける。待て待て意識、今は飛んでる場合じゃない。アイリスが何かしゃべってる。

「……それで来てみたら、もうびっくりよ。由香里は床に落ちて体はけてるし、起きないし。今はもう夕方よ。ほぼ丸一日寝てたのよ。昏睡こんすいよ。んー、由香里、聞いてる?」

「うん、聞いてる。ちょっと状況を整理中」

 由香里は軽く目を閉じた。後ろから抱きついてくれているアイリスを背もたれがわりにしないと、上体を起こしていられない。この身体疲労は何だろう? 夢の中では透けていなかった。現実の眠った体は透けていたらしい。目覚めた今は透けていない。どういうこと? 夢の中にいたのは数分だと思っていたけど、現実は丸一日たっている。それになぜ夢の中にツッチーが? 謎を疑問を整理中。

「由香里、ご無事で何よりです」

 驚いて見ると、ツッチーがいつの間にか横にいた。

「ツッチー⁉ 大丈夫? 足ちゃんとある? 尻尾は?」

 由香里は手を伸ばして大型犬を抱き寄せると、全身をチェックした。ケガも異常いじょうもなさそうだ。由香里はツッチーを抱きしめた。

「よかった、無事で。宮殿の床からツッチーがえててビックリした」

「私は床から生えていたわけではありませんよ。それに、心配するところも驚くところも、そこではないでしょう。もっと自分の心配をして下さい」

 ツッチーはそう言いながらもフリフリと尻尾を振った。

「ナルシィが君の中に残していったツッチーが、君を夢から引き戻すのを手伝ったんだよ。由香里、夢の話を聞かせてくれないかい」

 チャシュが上品に四つ足をそろえて座り、金色の落ち着いた瞳で由香里を見上げる。

「あ、うん。よくわからないけど……そうだね、夢ね。……蜘蛛くもの巣の中でナマコムシがさなぎになって羽化うかしかけて、ツッチーが半分床にまっていた」

「んー、ざっくりしすぎていて、わからないわ」

「由香里、私は埋まっていたわけではありませんよ」

「え、そうなの? そう見えたけど?」

「違います」

「その蛹の中身は何だったんだい? ちょうではないんだろう?」

「うん、違う」

「おいチャシュ、おまえ今の説明でわかったのかよ?」

「よくない状況だって事だけはね」

「うん。あれは……見えなかったけど、蛹の中から出てこようとしてたのは……アレはたぶん……」

 由香里はゾクッと体を震わせた。思い出すだけで背筋ザワッとする。

「……血の女神、だと思う。……糸が、石の中に菌糸みたいに、ウィルスみたいに侵入しんにゅうしていた。宮殿の処理能力が追いついていない……。宮殿はもう白く塗り潰せなくなってるんだと思う。血の女神に宮殿がむしばまれている気がする」

 考え込む由香里のひざの上、チャシュがふわりと体をのせた。

「由香里、もう大丈夫だよ。ここは安全だから。落ち着いて。はじめからゆっくりひとつずつ話してくれないかい。君が夢の中で見たことを」

「え、あ、うん。そうだね」

 由香里はチャシュのやわらかな背中をなでると、ふっと息を吐いた。

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