第77話

 そして由香里は……。

 その後の事をあまり覚えてない。ぼやけた記憶の断片をつなぎ合わせて再生すると……。

 頭に血がのぼり……たぎる怒りに我を忘れ身をまかせ、何かを叫びながら迷彩柄めいさいがらを次々と切りまくり殺しまくった……。血の池に浮かぶ迷彩のかばねの山に刀を突き立て……迷彩柄のキィッヒー! キィヒヒの笑い声。骨肉こつにく刃応はごたえ血しぶき血のぬめり、はらわたを引きずり出して笑う……自分の笑い声が聞こえる……。血の臭いに血の色に力に酔いれ、体中を興奮がめぐる己の姿を……体に残る感触かんしょくを……由香里はぼんやり思い出す。

 迷彩柄の生首なまくびがキィヒィシと笑った。由香里は首を蹴飛けとばした。

 首はキィシシ、ジーィジジー、ザーザーと不快な音を発しながら転がっていった……。視界がれる、ぶれる、ぐらぐらする。

 由香里は地面にひざをついた。んだ。手をついた。血を吐いた……。発作だ。

 ゲホゲホ、ガホガホ血を吐いて、吐いて吐いて吐きまくり、咳き込んで咳き込んで吐血とけつした。全身の肉がすじがキリキリとじれれてぶちぶち千切ちぎれた。全身の骨がばきばき折れて内臓を突き刺し肉に食い込みのたうち回る。折れてくだけてぶちまけて、怒りも狂気も吐き尽くし……冷めて鎮火ちんか、静まった。

 体が壊れた。その反動で、正気に返った。発作で壊れて目が覚めた。

 右手の感覚がない。動かない。由香里は右手に目をやった……。右手はしっかりと刀を握りしめていた。けれど……この違和感いわかんは、何だろう?

 つかの色? 黒一色だったはずの柄の色が、土と葉にまみれて茶と緑、斑模様まだらもようになっている。茶色いジャージのそでにも草の汁、緑のみがついている。茶色に緑の……まるで迷彩柄みたい。……なんだろう?

 これは……? これは……見ている間にジワジワと……緑色の染みが右腕をじわりじわりとがってくる……。ぞわり、ぞくり、ぞっとした。

 血の気が引いて意識がとおのく……。

 待って! ヤバイ! 由香里はあわてて意識をつかんで引き戻した。このまま意識を失ったら、迷彩柄に取り込まれる。心も体も迷彩色でつぶし、名前もも捨て不死の樹海にけ込んで、キシシと笑いキィッヒー殺す。殺す快感を得るために、血に力に酔うために、私はここへ来たんじゃない。私は……。

 由香里は起き上がろうともがいて咳き込み血を吐いた。発作……笛! 首にかけた笛をさぐる。左手も感覚がなくなってきた。マズい。これはヤバい。茶色いジャージにじわじわと緑色の染みが広がっている……まってゆく。迷彩柄にじわじわと全身がおかされてゆく……。イヤだ。助けて……。

 笛をくわえ、由香里は意識を失った……。




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