第75話

「キィッヒー! 由香里は愛されない」

 由香里はとっさに飛び退いた。

「由香里はキィッヒー! どんなに努力してもむくわれない。無駄むだな努力を積み重ねキィッヒー! その努力があだになる。裏目に出る。あわれなキィッヒー!」

 耳障みみざわりなきしみおん。そいつらは落ち葉のようにふってきた。木の上から切りかかってきた。……気味の悪い連中だった。

 全員が同じ服装。同じ体型、同じ声。口にはマスク、目にはゴーグル。頭に帽子、手にはグローブ、足にはブーツ。緑と茶色の迷彩柄めいさいがらで全身をおおっている。かたなつかやいばも迷彩柄。由香里には個々ここの区別が全くつかない。全員同じにしか見えない。

「キィッヒー! 由香里! 今までの努力を怒りに変えて殺しあおうぞ! 名をて我らと切り捨てあおうぞ!」

 迷彩のかたなさきが由香里のほほをかすめて赤い血が出る。

「つっ、……ここから出る方法は? 出口はどこ?」

 由香里の問いに迷彩は、キィヒヒと笑った。

「樹海はキィッヒー! 出口はない! 袋小路ふくろこうじに袋のねずみ。強さを求めしのぎけずり不死の樹海で殺しあう!」

「たぎる怒りに身をゆだねキィッヒー! 殺す快感かいかん恍惚こうこつ高揚感こうようかん! キィッヒー! 刃応はごた血飛沫ちしぶき血の池快楽! 肉を断ち骨を砕き腹をはらわたをずるりと引きずり真っ赤なキィッヒー! 己の強さに酔いれようぞ!」

 迷彩柄のマスクとゴーグルに隠れた顔がキィヒヒと笑う。興奮をたぎらせて迷彩柄が刀をるう。由香里はそれをで受け払う。

「逃げるなキィッヒー! 来いよ由香里! いい子に逃げて我慢がまんしてキィッヒー! 従順じゅうじゅんに自分を押し殺す。それで得たのは何だろな?」

「キィッヒー! それは怒りと屈辱くつじょく。そしてむなしさ」

「それではキィッヒー! 失ったものは何だろな?」

「表情キィッヒー! 自分の感情。そして感覚。己自身」

 由香里は声を無視して、ひたすらやいばをかわすことに集中した。……キリがない。敵の数が多すぎる。しかも手強てごわい。かわしきれない、よけきれない。由香里の傷が増えてゆく……。それでも何とかかろうじて致命傷ちめいしょうは避けていた。

「キィッヒー! 己をいつわるなー!」

「由香里はいらない。必要ない。由香里はキィッヒー! 待つ者もいない。居場所もない。帰る家もない。家族も誰も。愛もない。キィッヒー! わかっているのだろう? キィッヒー!」

 そしてやがて、由香里は気づいた。由香里がかわせずよけきけずった傷のいくつかは、致命ちめいどころか致死ちしの傷。由香里はもう死んでいる。由香里は何度も死んでいる。でも生きている。

 ゾッとした。由香里の背筋がこおりつく。




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