第74話

 由香里はひとり森の中を歩いていた。

 この森に入る時、ツッチーは何て言ったっけ? 確か……。

不死ふし樹海じゅかいです。もし発作が起きた時は、この笛を吹いて下さい」

 ……それだけだった。何の説明もなかったな。富士ふじじゃなくて不死の樹海か。不気味。

由香里はあたりを見回みまわした。

 木々は太く、ねじれからまりかさなりきそいながら、横へ上へと枝を伸ばし葉をしげらせている。見上げても空は見えない。幾重いくえにもかさなった枝葉えだは隙間すきまから、日の光がれるだけ。足もとを見ても土は見えない。生いしげる草や灌木かんぼくおおいつくされている。

 花も実も見あたらない。虫も鳥もけものもいない。でも、人はいる。ひそんでいる、気配がする、視線を感じる。声が聞こえる。

「あの子が由香里。親に置いて行かれた子。キィヒヒ」

「由香里は忘れ去られて捨てられた。いらない子。キィヒヒ」

 ひそひそ声が悪意あくいたっぷりにキィヒヒと笑う。

「母親は妹二人を連れて去りキィヒヒ父親は離婚しても妹二人に会いに行ってる。けれどキィヒヒ誰も由香里に会いに来ない」

 視線しせんが声が、まとわりついて離れない。常に誰かに見られ、うわさをされてる。

 でも、それだけだ。

「父親も母親も本心ではキィヒヒ由香里を引き取りたくなどなかったキィヒヒ」

「祖父母が引き取ってくれて両親は内心キィヒヒヒ大喜び」

 今までも噂は散々さんざんされてきた。妹が、注目されるのが大好きな双子の天使が学校で、両親と不倫相手の会話をペラペラしゃべり……、注目されるのが嫌いな由香里は沈黙ちんもくつらぬいた。

「幼い由香里は大声で泣いてわめいて両親の睡眠を奪い疲れさせキィヒヒ熱を出しては共働きの親に仕事を休ませたキィヒヒ」

「両親は由香里を産まなきゃよかったと何度思ったことだろかキィヒヒ」

 由香里は、ふぅー、と息を吐いた。無視ムシむし。とことん無視する。今までも無視してやり過ごしてきた。

「お姉ちゃんになった由香里はキィヒヒ大人しくて無口でオドオドと人の顔色をうかがうつまらない子になった。そしてキィヒヒ誰にもかまわれずにほうっておかれた」

「家でも学校でも会社でもキィヒヒ由香里はどこでも蚊帳かやそと。キィヒヒ。誰からも好かれず愛されずキィヒヒけむたがられるか透明人間とうめいにんげん

 吸ってー、吐いてー、由香里は息をととのえる。息を整え心をしずめる……。

 由香里は樹海の中を歩き続けた……。どこまで行っても緑と茶色。草と木だらけ。それしかない。ずっと同じ景色が続いている……。出口はどこ? 由香里は樹海をさまよった。

「キィッヒー!」

 そいつらは、いきなり姿を現した。いきなり刀で切りかかってきた。

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