第70話

 その夜更よふけ。

 アズキは由香里の腕の中、ぬくぬくとまどろんでいた。ほんのり甘い由香里の匂い。心地良い呼吸のリズム。由香里の足もとには大型犬ツッチーが寝そべっている。

 ふと、アズキは気配を感じて布団の中から顔を出した。……くらがりの中、由香里の枕元まくらもとに大男が立っていた。こわっ。

「ナルシィ、こえーぞ。闇の中から現れて枕元に立つんじゃねぇ……」

 ツッチーのとがめるような視線を感じて、アズキは口を閉じた。……由香里はスヤスヤ寝息をたてている。

 ナルシィはドアの方へグイっとあごをしゃくると、そのまま部屋を出て行った。アズキも後を追ってピョンピョン階段をおりていく。ナルシィは居間に入ると、どっかと座って胡坐あぐらをかいた。その真向まむかいに、っちゃなウサギがちょこんと座る。

「で、俺に何の用だ?」

 ナルシィは態度たいどのでかいウサギをジロリと見た。ウサギもジロリとにらみ返す。

「うむ。女神、由香里の話だ。わしの時代は、こう言われたものだ。女神は何も知る必要はない。女神に知恵ちえをつけさせてはならぬ。力をあたえてはならぬ。女神は無知むち無力むりょくで大人しく、宮殿の奥でツガイモと寝て暮らす。それがすこやかな女神である」

「それは今でも同じだぜ。でもな」

 アズキはいぶかにナルシィを見た。

「それを知っているのは、ごく限られた者だけだ。ナルシィ、おまえは……?」

「アズキ、おまえと同じでツガイモだ。うむ」

「……同業かよ。どうりでくわしいはずだぜ」

 ウサギは後ろ足で、けっけっと耳の後ろをいた。

「俺は由香里を宮殿に閉じ込めておく気はねぇよ。武術も由香里がやりたいならいいんじゃね。由香里にはこの世界を楽しんでほしいんだ」

「うぬ。だが、由香里は女神だ」

「……心配いらねーよ。女神があやまったら元に戻すのが俺の役目だ」

「ふむ。そうか。ならばよい」

「ナルシィ、同業として聞きたいんだか、教えてくれた。石化について、女神について、宮殿について。どんなことでもいい。情報がほしい」

「ふぅむ」

 ナルシィは重い息を吐いた。

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