ギリアムとの戦い(1)



 南の村に住むのは、一年前マーマンの軍勢からの襲撃に遭い、命からがら海辺の漁村から逃げ延びた者たちである。元の村は襲撃があった際に壊滅。王都からマーマン討伐軍が派兵され、海辺が前線になったこともあり、戻ることも叶わなかった。


 討伐が終わり、兵が王都へと帰還した後も、誰一人として元の村へは戻らなかった。


 その理由は二つある。


 一つは、マーマンの軍勢を討伐し終えるまでの間に村へと発展を遂げていたこと。

 南の村は、元は逃げ延びた者たちを保護する為に兵が急ごしらえした避難所だった。だが保護された者たちは、悲嘆に暮れるばかりでなく、住み良くする為に働いた。

 発展は彼らの前向きな努力によって成し遂げられたものなのだ。元の村を復興させるより、定住することを選んでも何ら不思議はないだろう。


 もう一つは、海辺に住む危険性を理解したことにあった。海に近い為に、襲撃を受けるまでの時間が非常に短く、何の対処も行えずに多くの者が命を落とした。その惨状を目にした者たちには、元の村を復興させる気は起こらなかったという訳である。


 漁を生業にする者が多いので不便な所もあったが、誰も不満は言わなかった。

 命あっての物種ということもあるが、何より大きかったのは王都からの援助と親身な対応があったからと言える。以前よりも暮らしが良くなる希望を与えられたことが、彼らに前を向かせたのだ。そして、その立役者となったのがルシウスである。


 ゆえに、ルシウスは普段の優しく温厚な姿からは想像できない程に怒っていた。


 だがルシウスは知らなかった。怒りにはまだ上があるのだということを。


「襲撃にはドルモアが関わってるわ! この村を襲ったのはギリアムよ!」


 マーマンジェネラルに向かい駆けているとき、アルトに乗ったノインが追いつき、横に並んでそう叫んだ。それを聞いたルシウスは一瞬、思考が停止した。


(ギリアムが、この村を? ドルモア?)


 ルシウスは村に住む人たちと関わり、悲しみを乗り越えて前を向く姿を見てきた。

 それを壊した者が誰であるかをノインの口から伝えられ、ルシウスは唖然とした。だが理解が追いついた瞬間、燃え盛るような激昂で全身の毛が逆立つのを感じた。


「ギリアム……! ドルモア……! お前らはどこまで……!」



 *



 数時間前――。


 ギリアムは海辺に佇み、傍らに立つマーマンジェネラルに魚人ノ呼子を使わせた。それは人の不可聴域にある音、所謂、超音波でマーマンを呼び集める効果をもつスキル。魔力が混ぜ込まれている為、効果範囲は広く、半径一キロ以内にいるマーマンは必ず集まり、また陸地で使っても海の中にまで音波が届けられる仕様となっている。


 間もなく、砂浜からマーマンが続々と上がってきた。その数、五十。

 それを見たギリアムは眉を顰めて舌打ちした。


「チッ、やっぱ少ねぇな……」


 ギリアムはルシウスの暗殺を失敗した五年前からドルモアに仕えている。その五年の間に、ドルモアの指示でマーマンの軍勢を作り上げていた。

 だが一年前、襲撃を開始して早々に覚られ、アデルが率いたガーランディア軍に壊滅させられた。軍に被害は与えたものの、それは予定よりも遥かに小さなものだった。


 ドルモアからは予定の成果を上げるまでは戻るなと言われている。逆らって逃げ出せるならギリアムもそうしたかった。しかし、そうできない理由があった。ドルモアに跪いたときに、命を握られてしまったからだ。常に監視され、叛意があると見られれば命を奪われる。ギリアムはドルモアにそういう魔法を掛けられていた。


 失敗したまま手を拱いていれば、いつ命を奪われるか分からない。叛意がない証を立てる為にも、ギリアムは新たなマーマンの軍勢の完成を急がなければならなかった。


 与えられたのはキングとジェネラル二匹。うち生き残ったのはジェネラルが一匹のみ。それを失えば、軍勢は作れず自分の命も終わる。ギリアムにはもう後がなかった。

 

 

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