デルフィナ王国の出戻り王女

 

 デルフィナ王国、王の間。


 背後で樹木生い茂る玉座に座る国王ゼルビアの前で、ルリアナは子供のように爪を噛みながらうろうろしていた。


「いい加減、落ち着きなさい」


「これが落ち着いていられますか!」


 声を掛けたゼルビアに、ルリアナは怒鳴り声をぶつける。側に控える近衛たちは辟易した日々を過ごしていた。この一週間というもの、毎日この調子である。


 ゼルビアは齢が百を超えている。床に届く程の白髪には潤いはなく、こけた頬と落ち窪んだ目は、明らかな憔悴を示していた。


 これまで、どれだけルリアナ宥めてきたか分からない。言い含めようにも、まるで耳を貸そうとしない。ゼルビアはいい加減に見切りをつけるべきだと考えていた。


「ルリアナ、お前は何様のつもりだ」


「は⁉ 何ですって⁉」


 ゼルビアは力なく息を吐く。四十過ぎの娘が親に対して向ける態度と言葉ではない。まして、国王である。正気とは思えないと、その場にいる誰もが思った。


「もうよい。この愚か者を捕らえよ」


 ゼルビアの指示に従い、近衛が機敏に動く。

 ルリアナは素早く距離を取り、ゼルビアを睨みつけた。


「お父様⁉ どういうおつもりです⁉」


「それはわしが訊きたい。お前は、この国に何をもたらした。不和と争いの種だ。アラドスタッドと結び、ガーランディアを落とす? 世迷い言を」


 鼻で笑うゼルビアに向かい、ルリアナは甲走った声を上げる。


「世迷い言などではありません! 憎きノルディスが私を殺し、このデルフィナを攻め滅ぼすと言ったのですよ⁉ このようなことをしている場合ではないでしょう⁉」


「それを不和と争いの種だと言うておるのだ。断りもなくガーランディアに賠償の請求まで行いおって。お前にそのような権限などないであろうが」


「私が悪いと言うのですか⁉」


「話にならん。おい、早く捕らえんか」


 近衛が「はっ」と短い返事を発し、ルリアナの退路を塞いで取り囲む。ルリアナはじりじりと距離を詰めてくる近衛を両手と視線で牽制しながらデルフィナに問う。


「どうするおつもりです⁉」


「知れたこと。お前の首を落とし、ガーランディアに届ける。不忠者は始末したゆえ、この度のことは穏便に済ませてくれと許しを請うのだ」


「それでは負け犬ではありませんか⁉」


「そう呼びたければ呼べ。戦争など、愚か者がすることよ。そんな人災で無辜の民を出すことに比べれば、わしはどれだけでも頭を下げる気だ」


 ルリアナは舌打ちして、炎の魔法で近衛を焼き払う。突然上がったいくつもの巨大な火柱と近衛の悲鳴に、ゼルビアは目を剥いた。


「いかん!」


 玉座から身を乗り出し、近衛たちに水の魔法をぶつける。ゼルビアの迅速な対処で火は消え、近衛は命を落とさずに済んだ。


 だが、そこにはもうルリアナの姿はなかった。

 

 

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