ロディとアリーシャ
ノイン失踪から三日後。
城を出たロディとアリーシャはフードローブ姿で各町を転々としていた。
情報を収集しようにも、ノインの絵は存在しない。
ゆえに、この娘を見なかったかと訊ねることさえできない。
何の手掛かりもない中、途方に暮れながらこの三日を過ごしていた。
現在は、街道を歩いて宿場町へと向かっている。
ロディは黙々と歩きながら、雲が厚みを増してきた空を見上げていた。
「降りそうだな……。急ぐか」
後ろについて歩くアリーシャは溜め息を溢す。
(どうせ行ったところで、情報なんて得られるわけがないのに……)
そもそも、ノインの絵が存在しないのもルリアナが描かせなかったからだ。
最初からいないものとして扱われている為、その存在すら世間に公表されていない。
そんな王女を探し当てることなど、至難の業。
時を経れば容姿も変わる。国になど戻れるわけがない。
アリーシャはロディのことを想っていた。
自分はどれだけ難しくてもノインを探すつもりでいる。
だが、ロディがその犠牲になることは許せなかった。
「ロディ様、私、もう国に戻れなくとも構いません」
ロディが振り返る。その悲しげな表情を見ても、アリーシャは続けた。
「ロディ様だけなら、国に戻ることも許されるでしょう」
「アリーシャ、何を言うんだ」
「私とは血筋が違います。私を切ってください」
ロディはアリーシャの肩に手を置く。
「そんなことをするわけがないだろう。私はね、アリーシャ。君のお陰で変わったんだよ。君がいなければ、私は愚かなままだった」
以前の自分、それを思い返してロディは胸を痛めた。
王族の側仕えを担う騎士の家に生まれ、そのことに多大な誇りを持っていた。
ルリアナの元に仕えるようになってからは、矜持ばかりが大きくなった。
周囲もまたそれを許す環境にあった。
だが、それが自身の増長を促したのだと、ロディは思っていない。
飽くまでも、自分の所為。そう省みていた。
「私は、多くのものに囚われていたんだよ。アリーシャ、君と出会うまではね」
ロディは、初めてアリーシャを見たときのことを思う。
人殺しを苦とも思わない、おぞましい血塗れの人形。
他国の王子の戯れで、ともにルリアナの側仕えとして働くことになってからは徹底的に見下した。
さも、それが当然であるかのように。
アリーシャもまた、受け入れることが当たり前だと思っていた。
相手は特権階級。孤児である自分とは身分が違う。
王女の側仕えという大任に就けたことこそが報酬。
そう言われ、与えられたのは粗末な部屋、粗末な食事、粗末な着衣。
まともなのはメイド服だけだった。
反感は持たなかった。孤児の頃は、それよりも酷い生活をしていたのだから。
ロディがその事実を知ったのは、随分と後になってからだった。
暗殺の最中、自分をかばって怪我を負ったアリーシャを部屋に運んだときにようやく気づいた。そして、自分との待遇の違いに衝撃を受けた。
アリーシャは同じ仕事をしていて、腕もいい。
にも拘らず、自分とは受けている恩恵に天地ほどの差がある。
その中で、アリーシャは文句一つ言わずに責務をこなしている。
おかしいのではないか? そういう変化が心に表れた。
自分であればどうだろうか? 侮辱されていると怒るだろう。
ロディは、働きに応じた報酬があるから、それを誉れと感じていた事実に狼狽えた。
ルリアナに対する忠義は、傍目から見れば、アリーシャの方が明らかに上。
そもそも、ルリアナに対して忠心を抱いていたのだろうか?
ロディはそれを考えた。あの人の何に忠義を?
何も思い当たらないことに愕然とした。
尊敬できるところなど、何一つなかった。
それなのに、自分はルリアナに尽くすことに喜びを感じていた。
なぜそうなってしまったのか?
(あのときの私は、ただ自分に酔っていただけだ。何もわかっていなかった……)
自分は、ただ家柄だけで評価されていた。
アリーシャは、それがないから評価されていないというだけ。
様々なことに気づかされ、考えているうちに、国に対しての不信感が募った。
我が子を殺せとルリアナが命じたときに、ロディの中でそれは決定的なものとなっていた。それでもだらだらと側仕えを続けていたのは、ノインがいたからだった。
ロディはノインを奇跡の子だと思っていた。口を開けば大人と変わらない会話を行い、本を渡せば真綿の如く知識を吸収していく。
それでいて自分の髪を触ると嬉しそうにする子供らしい一面がある。
苦境に立たされていることを、あの年齢で覚り、それで使用人である自分たちに迷惑を掛けていると肩を落とす。自分のことは二の次にして。
敬愛。それがノインに抱く感情。
だがもうノインはいない。
失踪を期に、ロディは決断した。
いや、ノインがギフトを明かした時点で心は決めていたのだろう、とロディは思う。あの場でノインを殺さなかったことが、その証ではないか。
あの日の主君の誓いに、嘘偽りはなかったのだ――。
「アリーシャ、私は家を、いや、祖国を捨てるつもりだ」
「ロディ様⁉ 駄目です、そんな!」
「歪んだ国になど未練はないよ。私は、ノルギス陛下に仕える」
「ですが、それでは祖国との戦争に……」
ロディは微笑んでかぶりを振る。
「私はね、アリーシャ、君といたいんだ。私と夫婦になってくれないか? そして共に、ノイン様の為に働こう。私には、それ以上の幸せは思いつかない」
アリーシャは言葉を失った。
まさか、そんな言葉をかけてもらえるとは思っていなかった。
これまで生きてきて、最上の幸せを感じた。
それは心に収まりきらず、涙となってあふれ出した。
「一度、ガーランディアに戻ろう。ルリアナとの関わりが断たれた今、ノイン様への対応も変わるだろう。ノルギス陛下にお許しをいただいて、私たちの記憶に残るノイン様の似姿を絵師に描いてもらおう。私たちの主を探すんだ。命に代えても」
アリーシャは頷いた。
ロディが自分と心を同じくしていたことがただ嬉しかった。
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