ロディの過去

 

 ノイン誕生の十五年前――。

 

 アリーシャが暗殺者としての最終試練を行っていたとき、既にルリアナの側仕えをしていたロディも観戦していた。その胸の内では不愉快な思いが渦巻いていた。


(なぜルリアナ様に、孤児上がりの賤民などを……!)


 ロディは代々王族の側仕えを務める由緒ある家に生まれた。

 幼い頃から文武の英才教育を施され、側仕えの任に矜持と誇りがあった。

 それゆえに、側仕えを商品のように扱われたことに怒りを覚えていた。


(こんなもの、猿山の大将を決めているに過ぎんではないか!)


 ロディの目から見て、孤児の殺し合いは暗殺術からは程遠いものだった。

 野蛮で荒削り。ただ我武者羅なだけの児戯。


 家柄も何もない。どこの馬の骨とも知れない者の股から産まれ、捨てられた者。

 そんな下賤な連中の中から自分と肩を並べる者が出てくる。

 考えただけで虫酸が走り、歯噛みせずにはいられなかった。

 だがそれ以上に――。


(こんな場にルリアナ様を……! 悪趣味な……!)


 ロディは、観戦席に座る一人の男を横目で睨んだ。


 アラドスタッド帝国からの賓客。第一皇子ドルモア。

 八歳という年齢にも拘わらず、残虐な光景を見ても眉一つ動かさない。

 孤児を集めて暗殺者にするという提案も、その実施の命令もした男。

 果ては、最後まで生き残った者をルリアナの側仕えにという案まで出した。


 ロディは、そのあどけない顔をした少年が行う非道を許せなかった。

 側仕えのこともそうだが、何より孤児を殺し合わせるという発想が受け入れ難かった。そして、ルリアナにまで観戦の誘いを掛けるその性根もまた不快だった。

 時折、ルリアナが顔を背けたりすると、ニヤリと口角を引き上げる。

 そんなドルモアの姿を、ロディは見逃していなかった。


(悍ましい! 邪悪が人の皮を被っているとしか思えん!)


 ロディがここまでドルモアに執念を燃やし、憤るのには訳があった。


『退け。俺の道を塞ぐな。殺すぞ』


 それが、通路で鉢合わせた際に、ロディがドルモアに掛けられた言葉だった。

 このとき、ロディは二十四歳。成長の遅いエルフは外見が実年齢の半分程度となる為、ドルモアから侮られる原因となった。

 だが、そもそも、他国の王城の通路で会う者に掛ける言葉ではない。慌てた従者から身分と年齢を知らされても、ドルモアは素知らぬ顔でロディの横を通り過ぎた。


『だから何だ。たかが亜人の姫の側仕えだろうが。俺の方が身分は上だ。醜聞が問題と言うなら、その場にいた者を皆殺しにすれば良いだけだろう。少しは頭を使え』


 ああ、そうだ――。と、ドルモアは思いついたように指を鳴らした。


『孤児の生き残りを側仕えにしてやれ。そうすればあいつを殺しても構わんだろう』


 明らかな脅し。その場に居合わせた者すべてが息を呑んだ。

 

 殺したとしても、不問にせざるを得ないだろう?


 そう言っているのだと、理解できない者は誰一人としていなかった。

 

 権力を笠に着た言葉。そう捉える者が大多数。

 それも間違ってはいない。

 だがロディは違った。ドルモアの実現力に慄きを隠せなかった。自国で認められず、この提案をエルフの国デルフィアへと持ち込んだその手腕に。


(化け物め……!)


 それらしい理由をつけ、死んでも問題にならない者を殺し合わせる。

 人が死ぬところを平然と見つめ、それを見て心を痛める者を笑う。


(ただそれを楽しんでいるだけではないか……! 命をなんだと……!)


 ロディの考えは間違っていなかった。ドルモアは自身の歪んだ欲望を満たす為だけにこれを行った。ルリアナの嫌がる顔を見たいというその一心で。


 ドルモアの異常性を、ロディはこのとき既に見抜いていた。

 

 

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