第18話 組合長

 外は日も高くなっており、迷宮石を見ても光っているのかどうか分からない。

 両手で包むようにして覗くと光っているように見えなくもないが、日中の屋外でそれを確認するのには慣れが必要そうだ。

 風はほとんど吹いていない。


 ――やっぱり、昼間の樹海よりも少し寒いな。


 街を見渡せば、見知らぬ白鉄札が獣や人間の亡骸を片付けているのが目に入る。

 モリアは開拓者組合へと向かった。




「遅かったな……いい身分じゃねえか」

「ごめんごめん。野暮用があってさ」


 ギルターの凶悪な眼光に涼しい笑顔を返すと、モリアは受付の席に着いた。


「開拓者の主な仕事は街ん中の死体の埋葬だ。人も獣も問わずな。レミーたちはもう現場に行ってるし、当然お前にも同じ仕事をしてもらうつもりだったんだが――」


 ごつい指で書類の山をめくりながら、ギルターは続ける。


「お前、樹海でも今回の騒ぎでも、随分活躍したらしいな?」

「今回はギルターやレミーのほうが活躍したでしょ」

「オレのことはいいんだよ。組合からはお前の待遇を改善するよう指示が出ている。ジークなんとかって貴族が、お前を黒鉄札にしておくくらいなら、自分のとこに寄越せって言ってきてるそうだ」


 よくある名前とはいえジークなんとかは酷い。

 しかし、モリアもジークなにがしの本名が思い出せなかった。


「ああ、ジークさんね……はい」

「どうなんだ実際?」

「あの人の下に付いたら自由に動けなくなりそうなので、組合を抜ける気はないです」

「いや、普通は黒鉄札も自由に動けねえんだが……」


 こめかみに指を当てながら、呆れたようにギルターは言う。


「まあいい。お前は今回の事態の対処で、死体回収以外に何かすることがあるのか?」

「先代の組合長、ベルーアさんを紹介してほしいんですが」

「……なんでだ?」

「街の防衛に必要です」

「平均寿命超えの爺さんだぞ。引っ張り出してどうする気だ」


 王国の平均寿命は確か四十歳程度のはずだ。

 とはいえこれは幼少期に亡くなる者も含めての数字だから、ギルターが言っているのは一般的な天寿とされている六十歳のことと思われる。


「ご本人に戦ってもらおうとか、そういう話ではないので大丈夫です。街の防衛案を上のほうに伝えるにあたって、他に伝手がないので」

「…………ちょっと待ってろ」


 ギルターは立ち上がり、カウンターの奥へと消えていく。

 いつもなら自由開拓者の賑やかな話し声が聴こえてくる場所だが、今日は皆仕事に出払っているのか閑散としている。

 ほとんどの者は死体回収だろう。

 城壁の上に見張りが増えていたので、白鉄札の中でも弓矢の使い手などはそちらに回されているのかもしれない。


 ほどなくして、ギルターは戻ってきた。


「ベルーア殿な。紹介はしてやるが、多分本人が会うのを断ると思うぞ」

「ラゼルフの使いだと、そう伝えてもらえませんか」

「ラゼルフ……? ラゼルフってラゼルフ小隊のか? お前、あの男の関係者だったのか?」

「まあ、そういえなくもない感じです」

「嘘なのかよ……」


 誰も嘘だとは言っていないのだが。

 そう決め付けられる辺り、ギルターのモリアに対する印象が分かろうというものである。

 だが、そう思っていながら話を通してしまうギルターもギルターであった。


 返事を待つ間モリアは他の開拓者と共に死体回収にいそしみ、その日は何事もなく夜を迎える。

 ギルターは無事にベルーアと会う約束を取り付けていた。

 明日ベルーアのほうから、開拓者組合まで出向いてくれるということらしい。

 意外な対応だが、かの魔術師は開拓者組合の初代組合長でもある。

 街の危機に対し、積極的に協力してくれるということかもしれない。


 話を確認したモリアは、宿舎へと戻ることにする。

 帰りの暗い夜道で見る迷宮石は、確かにほのかな光を発していた。





 翌朝、言われた通りの時間に組合を訪れ木製の扉を開ける。


「君がモリア君ですね」


 入るなり声をかけてきたのは、真面目そうな印象の、細身の中年男だ。

 極めて珍しい特徴として、その男は眼鏡をかけていた。

 そんなものをかけるのは貴族ぐらいだろうか。

 しかしモリアの考える、戦う貴族とは印象が掛け離れている。

 王都にはこういった学者肌の貴族も多いのだと伝聞で知ってはいたが、ここは北の辺境だ。貴族にも無骨な人物のほうが多い。


「はい、そうです。失礼ですがあなたは……」

「私は開拓者組合の組合長、エメリヒといいます」


 ――これが、今の組合長!


 荒くれ者揃いの開拓者の頂点にして、あのギルターの上司。

 いや、トップがこのような男だからこそ、ギルターの存在は重要なのかもしれない。

 よく考えてみれば先代組合長のベルーアは魔術師であるし、知性派の人物を後任に選んでもなんの不思議もない。


「先代組合長には私も相談したいと思っていたのですよ。同席させてもらってもよろしいですか?」

「もちろんです。むしろ僕の断りなんて不要かと思いますが……」

「ラゼルフさんの後継者とベルーア卿が会うとなると、どんな聞いてはまずい話が飛び出すのか、分かりませんので一応ね」


 軽く微笑みながらエメリヒは言った。

 その笑顔に裏は無さそうである。

 多少の事情はあるにせよ、自分のような若造に対しても丁寧に話す。

 これがこの男なりの処世術なのだろうが、器の大きさを感じないこともない。


「では、行きましょう」


 カウンターの内側に入り、組合の奥へと案内される。

 階段で二階に上がり廊下を進むと、奥でギルターが待っていた。

 モリアと組合長の姿を確認すると、背後の扉をノックする。


「入りますぜ」


 扉を開けたギルターの後ろから中をうかがった。

 部屋の中央には低いテーブルが置かれ、奥の席には白髪はくはつに長いひげたくわえた老人が座っている。

 あの老人がベルーアで間違いなさそうだ。


 部屋の中に、他の人間の気配は察知できない。

 ギルターは組合側の護衛代わりなのだろう。

 元より、ベルーアがひとりでモリアのような得体の知れない人間と会うわけもない。

 しかし、機密事項を話すのであれば護衛が誰でも良いというわけにはいかない。

 組合側は色々考えた末、この四人で話し合うことにしたと思われる。


 ギルター、エメリヒに続いて部屋に入ると、ベルーアと思しき老人が口をひらく。


「君かね。死んだ男の使いを名乗っているのは」

「モリアといいます。ベルーアさんも、あの男が死んだと思っているんで?」

「ホ……どうだかのう。言われてみれば、そう簡単に死ぬようなタマでもないか」


 座るように促され、ベルーアの向かいにエメリヒと共に座る。

 ギルターは別にモリアのことを警戒しているわけではないだろうが、役割上立ったままだ。


「ラゼルフ孤児院には、ひとり変わり者が居るという話じゃったな。孤児院には残っているのに、ラゼルフの研究には賛同しないのだとか。最年少だから開拓の小隊パーティにはまだ参加していないとも」

「あの男の研究をご存知なんですね?」

「そうじゃな。あのような孤児院にはあまり関わりたくないのだが、君であれば多少は話を聞こうかの」


 モリアはベルトに取り付けたポーチから迷宮石をひとつ取り出すと、腕を伸ばしてベルーアの前にそれを置いた。

 老魔術師はその石をじっと見て、ぽつりとつぶやく。


「これは……。やはり、そうじゃったか」

「本日お会いしたのは、まずその迷宮石の真贋について聞きたかったんです。僕は本物を見たことがありませんので」

「ということは、君にこの情報をもたらした者は別に居るということじゃな」


 ベルーアは即座に真相を見抜いた。


 ――鋭いな。やはりこうなるか。


 とはいえ、モリアから見てグルイーザとベルーアのどちらが信用できるかといえば、今のところは身許と実績のはっきりしているベルーアに軍配が上がる。

 迷宮石の真贋、そしてその効力の確認は、どうしても必要なことだ。


「はい、その通りです。しかしその人物は干渉されることを嫌うので、名を伏せさせてもらいます。機嫌を損ねられると、素直に協力してくれるかどうか」


 ギルターがその発言に不満をもらす。


「名前くらいは、こっそり教えてくれてもいいじゃねえか」

「それはやめておいたほうがいいじゃろうよ、ギルター。その協力者がなんらかの方法で、モリアの嘘を見破れる可能性もあるのじゃろう」

「『今は』、ということは。そのうち教えてくれるのですか?」

「自分に害がないと分かれば、本人が直接協力してくれる可能性もあるかと」


 エメリヒはふむふむと頷く。

 とりあえずはそれで納得してくれたようだ。

 他のふたりも、それ以上追求しなかった。


 実際のところ、今のグルイーザは正体を隠すことにそこまで頓着していないように見える。

 組合や街の上層部が、『非常時なのだから協力するのは当然』とばかりに強権を振るうような真似さえしなければ、彼女はきっと力を貸してくれるだろうとモリアは考えていた。


 ――グルイーザは、ちょっと気難しそうだからなあ。


 最初に釘を刺しておくことは重要だと思ったまでである。

 ……お互いの、為に。

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