シュロという小鬼

「ただいま、シュロ」

 琴の帰宅に、シュロはきゅい、と鳴いて答えた。

シュロと呼ばれるこの手のひらサイズの白い毛玉は、一応立派な鬼である。鬼と言っても小鬼の類で、人語を理解はするが話せず鬼の術も使えない愛らしい生き物である。

 百年前まではこの白い毛玉の小鬼が釜業にはたくさん住んでいたらしいが、今はほとんど見かけない。人の姿で暮らす力ある鬼に住まいを借りて暮らす小鬼にとって、現代化が進むこの社会は生きにくいのかもしれない。

 と、以前は懸念していたが、シュロの順応性は意外にも高く、今は琴の部屋にあるパソコンを勝手に使い、見事な足さばきでタイピングを踏み、ネットサーフィンをしている。最近は動画を見ながら手芸をすることが彼(彼女?)の趣味らしい。

 シュロは母が亡くなった後から住み着いているので、もう七年近くの付き合いである。

 強い鬼の力に引き寄せられて寄生する弱い鬼らしいが、強い鬼どころか鬼の力を失った琴の傍にいるので、住みやすいところであれば何でもいいのかもしれない。言い伝えもあまり当てにできないものである。

 琴は窓を開けて夜の涼風を部屋に入れ、二つのお猪口に日本酒を注いだ。一つはシュロ、もう一つは自分の分。祖母が眠りについた後、たまにこっそりと風呂上りの晩酌が琴の日課だった。

 シュロは辛口の日本酒を好んで飲む。ぐびぐびとハイペースに飲むものだから、琴もそれについつい付き合ってしまうのだ。琴は地酒「時重」が好きなので、時々バイト代で一升瓶を購入し、ちょっとずつ飲むことにしている。

 乾杯をして、三杯目を徳利から注いだ時には、琴は窓の桟に腰をかけ、夜の桃源街を見下ろした。

 カラコロとなる下駄の音、遠くに見えるホテルの宴会場の灯り、その灯りを映す水路に流れる水。夏は夜、とはよく言ったもので、夏の夜のこの時間が琴は一番好きだった。


「今頃、どうしているのかな」

 

 無意識に零れた言葉に、琴は無自覚に探している鬼を思い出す。


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恋しき鬼のこと 白野 大兎(しらのやまと) @kinakoshirakawa

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