第2話:琴という鬼(2)
釜業町の桃源街。
温泉街の中心の通りである。
琴の実家はその桃源街の一角にある煎餅屋「朱火堂」の裏にある。なだらかだが山に続く道を石畳で舗装してあるため、ヒールで歩くのはなかなかに辛い。
朝六時。琴はようやく実家に辿り着いた。
昔ながらの二階建ての日本家屋。それが琴の実家の柳家である。
柳家は二階建ての日本家屋だ。築五十年を超える家で、一階は旧朱火堂の店舗だったのだが、通り沿いに移転したことで三十年前、柳家は内装工事をした。
玄関には庭仕事をする祖母、信恵の姿があった。
「只今」
「お帰り、琴。風呂沸かしてあるからさっさと入りな」
きりりとした目元、しゃきりとした背筋。厳しい口調の中にある優しい言葉に、琴はようやく帰って来た気がした。
「ありがとう。はあ、スーツ暑かったぁ」
「どうだったんだい?」
「就活セミナー? うーん、高卒向けじゃなかったからよく分からなかったなあ」
「そうかい」
いくつかの企業を見て、気になった企業のパンフレットだけは集めて帰っただけになってしまったが、ぐったりしてしまった。
元々厨房だった一階は開放感のある居間となり、十六畳もあるため、客間としても十分使える程の広さだ。前までは家族四人で丁度良い広さだったのだが、今は二人となって閑散としている。
琴は居間に荷物を放り出し、二階へ上がった。
二階は、祖母の部屋、琴の部屋、今は使われていない両親の部屋の三つの部屋と、トイレ、洗面台がある。全て和室で襖と狭い廊下で仕切られている。しかし、その昔、父が二階の内装工事を勝手にした時に、適当に設置された謎のドアと、何も入らないクローゼットが出来ている。何も入らないクローゼットは琴の部屋に鎮座しており、正直邪魔で仕方ない。ペットボトル一本くらいの幅しかないため、本当に何も入れられないのだ。
琴の部屋は丁度、通りが見下ろせる高さにあり、向かいの家からラジオ体操の音楽が聞こえたら起床の合図。ネジ締り錠と昭和ガラスの窓は琴のお気に入りだ。
琴はスーツを脱ぎ捨て、部屋着に着替えるのも面倒で、下着姿のまま一階の風呂に直行した。祖母に見つかったらお叱りを受けるが、見つからなければいいのだ。
夏でもやはり湯船に浸かるのはいい。
「家の風呂もいいけど、足を伸ばしたいな。それと一杯飲みたい」
しかし昼からバイトだ。祖母が漬けた二年ものの梅酒に思いを馳せて琴は湯船に浸かった。
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