第67話 正妻(自称)は問いただしたい(5)

「だったら戦争をしましょう」



「……はい?」



 イッサクは宇宙に放り出された猫のような顔になった。



「私はあなたがほしい。あなたは私と別れたい。交渉の余地はここに尽きた。だったらあとは実力行使しかないでしょ?」



「交渉の余地がないなら決裂、離婚でいいじゃねーか」



「勝手に決められた結婚だからって、離婚まで勝手に決められたくない」



「まてまてまて、だったら実力行使はどうなんだよ!?俺の人権はどうなる?!思想信条の自由は?幸福追求権は?」



「王にそんなものありません」



「ええぇ……。俺、もう王様じゃないんだけど」



「あなたの地位は、まだそのままよ」



「なんで廃位しない?俺なんぞ、新体制のお飾りにもなれんぞ」



「私があなたに王でいてほしいからよ」



 それを聞いたイッサクは、ミナの顔を穴があくほど見て、あえぐような声を上げた。



「……お前が……公私混同?しかも国の根幹に関わるレベルで?」



「別にいいじゃない。もともと、あなた存在感ないし」



 悪びれずに語るミナに、イッサクはあいたまま塞がらない口をなんとか動かす。



「ラヴクラフトにはなんて言うつもりだ?あいつは俺を殺したがっているだろ」



「何人にも手出しも口出しもさせない。私は世界の何よりあなたが欲しいんだから」



 堂々胸を張るミナに、イッサクは口をとがらせた。



「あいつの言いなりになって俺を殺そうとしたくせに……あ、これは皮肉だからな」



 ミナは一瞬泣きそうな顔になったが、息を整えて、姿勢を正し、イッサクを指差した。



「あなたにどう思われようとも構わない。私は力ずくであなたを奪って、セックスしてもらいます」



「なに、その要求……」



「当然でしょ。私はあなたの妻なんだから」



「お前はもうラヴクラフトじゃないと満足できない体だろが」



 イッサクがふてくされたように言うと、ミナは自分の左手を抱いて、ほうと熱く息をつく。



「いいえ。あなたのほうがすごい」



「童貞に夢見てんじゃねーよ」



 だがミナは、なにかの余韻をかき集めるように左手を強く抱いて、うっとり目をつむっている。

 その顔に居心地が悪くなったイッサクは、わざと荒い声を上げる。



「俺が勝ったら?」



「そんな訓練用の剣しか使えないのに、私に勝てるつもり?」



「ムカつくなぁ。無理に決まってるだろ」



 顔をしかめるイッサクに、ミナは楽しげに笑う。

 ミナはさっきまでとは打って変わって、どこかいきいきとしている。

 イッサクは、ミナのこういう楽しげな笑顔を初めて見た気がする。

 この短い間に、なにがミナの機嫌をよくさせたのか、イッサクはまったくわからない。



「戦争ってなにするんだよ?俺はもう囚われているんだけど」



「あなたの心と体を蹂躙して、わからせてあげるの。あなたには私しかいないってことを」



 ミナはまるで悪戯をする少女にように、イッサクへの侵略戦争を語る。

 その顔がとても眩しくて、恐ろしくて、イッサクは目を細めてしまう。

 そしてミナに向かって改めて威儀を正して言った。



「いいだろう。おまえの宣戦布告を受諾しよう。何をされるのか知らんけど、せいぜい抵抗してやるよ」



 イッサクの言葉と眼差しをしっかりと受け止めると、ミナはニッコリと微笑み、軽やかに回れ右をして部屋を出ていく。



「何かあったら呼んでね。すぐに来るから」



「国の最高責任者をホイホイと呼びつけられるか」



「国より、あなたが優先よ」



 そうしてミナは踊るように部屋から出ていった。ドアの向こうから幾重にも鍵が掛けられる音が聞こえてくる。



「国をないがしろにしたらダメだろ……」



 イッサクは自分のことを棚に上げてぼやくと、自分の左手を見てはっとした。

 いつのまにか、無意識に、ミナが淹れた紅茶に手を伸ばしていたのだ。

 イッサクは、とてものどが渇いていた。

 思えば、ミナとこんなに言葉を交わしたことなんて、今までにないことだった。



 イッサクはティーカップに指をかけた格好で逡巡したが、あきらめたようにカップに口をつけた。

 そうして一口紅茶を喉に流し込むと、カップの中を覗き込んだ。



「あいつ、今度は何を盛りやがった?」 



 イッサクはクッキーを全部ほおばって、紅茶で一気に腹へと流し込むと、げんなりしてため息をついた。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 いつも読んでくださり、ありがとうございます。

 たくさんの応援コメント、おすすめレビューをいただき誠にありがとうございます。

 はじめてギフトも頂戴しました。本当にありがとうございます。



 ネタバレなどを防ぐため、個々の返信は行っておりませんが、本当に嬉しく読ませていただいています。

 ミナへのブーイングはもちろん、物語の考察などもしていただき、これからご期待に添えるか不安で、何度も見直しています。



 物語は折返しをすぎました。

 未熟な書き手ではありますが、ここからエンディングまで、きっちり書き切ります。

 カクヨムコンの期間内には完結する予定ですので、これからも是非お付き合いいただけますよう、よろしくおねがいします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る