第46話 据え膳食わぬ童貞から愛を込めて(7)
目を紫に光らせたリリウィは、それまでと一変した妖しい笑みを浮かべ、イッサクの顔を両手で包み、無造作に口づけをした。
リリウィは唇をこじ開け、口内の敏感なところを蹂躙すると、エロゲに出てきそうな制服の上着を脱ぎ、スカートから足を抜き、シャツのボタンを外してイッサクに馬乗りになって、舌なめずりする。
状況はつい先程のヒスイのときと同じだが、イッサクの焦りは比にならない。
いまのリリウィは、イッサクを殺そうとしたミナと同じ目をしている。一つ間違えれば、どうなるかわからない。
「お前が王族にしたかったのはこんなことか?」
「王族?いまはあんたが欲しくてたまらないのよ」
イッサクはなんとか逃れようと縛られて動かない両腕に二度三度と渾身の力を込めた。だが、ヒスイがイッサクを逃すまいと、覆いかぶさるようにして両腕を押さえつけてきた。
「てめぇ!何しやがる!」
「あなたの童貞が奪われれさえすれば!」
ヒスイのサディスティックな笑顔に、イッサクの顔は引き攣る。
このままだと本当に童貞を喪ってしまう。
どうにかして、リリウィの気を逸らさないといけない。
なにか、なにかないか!?
そのとき、最近見た一枚の写真が、強烈に思い浮かんだ。
どうしてそれが思い浮かんだのかわからない。
この状況と関係があるとも思えない。
だが考えている余裕など無いイッサクは、咄嗟に叫んだ。
「お前はこうやって友達も裏切ったのか!」
イッサクが思い出したのは、フラドランの家で見つけた古い写真に写っていた二人の少女だ。
写真の二人と、目に魔を光らせるリリウィとが関係しているなんて考えもしていない。
だからこれは、完全な口から出まかせだった。
何もしないよりはましだろう程度の苦し紛れだった。
そんなイッサクの悪あがきに、リリウィは凍ったように動きを止めた。
顔が蒼白になった。
リリウィが苦しそうにイッサクを見下ろすと、その左目だけから、魔の光が消えていた。
「……たすけて」
紫になったリリウィの唇が震えた。
「もうこんなことしたくないっ」
リリウィの左目から涙が流れた。
だが右目にはまだ魔が怪しく灯り、リリウィの笑みは淫らさを増していく。
まるで心と体がバラバラになったようなリリウィの有様に、イッサクは不安を掻き立てられ、馬乗りになっているリリウィを振り落とそうとする。
「やだ!離さないで!!」
リリウィがイッサクに全力で抱きついてきた。
「もう一人は嫌!」
悲痛に訴えるリリウィの左目が真っ赤に濡れていた。
「ヒスイ!こんな状態の女に無理やりやらせるつもりか!」
イッサクの怒声に、ヒスイの手の力が弱くなる。
だがヒスイは目をつむり、さらに強くイッサクの両手を押さえ込んだ。
「私はラヴクラフト様の一番になりたい。そのためならっ」
「ああ、そうかよ!」
イッサクは大きく長く息を吸い込み、「ふん!」と両腕に渾身の力を込めてヒスイの手を振り解こうする。
「無駄です!あなたは私より非力!」
ヒスイはイッサクの手首を握り潰さんばかりに押さえつける。
鍛錬を怠ったことのない武闘派貴族のヒスイと、仕事をサボってばかりいたナマクラなイッサクとでは肉体的能力に大きな差がある。
それにイッサクは魔法を使わない。
ならば抑えることは容易いと、少なくともヒスイはそう考えていた。
だが押さえつけるヒスイの手が少しずつ押し戻されていく。
バカな!?
ヒスイは両手に血管を浮かび上がらせて、リリウィに怒鳴った。
「そこのあなた!さっさとやっておしまいなさい!」
「だから!泣いてる女を利用するなって言ってるんだよ!!」
イッサクが大喝し、戒めを引きちぎり、ヒスイを吹き飛ばした。
自由になった両手で、リリウィの頬を強く叩く。
「しっかりしろ!」
「でも、体が勝手に……」
左目から涙を流すリリウィ。右目には魔が炯々と光っている。
「これが王族がお前にし、ンンッ!?」
イッサクの口を、リリウィが唇で塞いだ。
リリウィはイッサクの唇を捉えたまま、魔が光る右目を大きく開いてイッサクの目の奥を覗き込む。
「ああ、やっぱりヨーちゃんがいるじゃん!」
子供のようにはしゃいだ声をあげるリリウィ。
だがそれは右の顔だけ。
左の顔は涙と苦しみで汚れている。
目の前でリリウィの心と体が、どんどんバラバラになっていっている。
そのとき、イッサクの脳裏で、リリウィの魔が光る右目と、あの夜、獣になったミナの目が重なった。
あのとき、取り憑かれたようにイッサクを襲ったミナが、その後正気をとりもどすまでの間に何があったか。
イッサクはそのときのことを思い出した。
あの夜、ミナは、イッサクを滅多刺しにした返り血を浴びて、気を失い、目から魔が消えた。
いまのリリウィも同じかもしれない。
だが成功しても失敗しても、イッサクの命の保証などない。
そこまでして自分を鎖でつなぐような女を助けるメリットなどない。
だがイッサクに躊躇いはなかった。
イッサクはテーブルの上のティーカップを叩き割ると、その破片で、一気に自分の首を掻き切った。
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