第34話 飛来するもの
遺跡から板状の飛空艇としか呼べないものがこちらに向かってくる。それはまだ遠方にあるが、楔型のエイのような姿をしている。不気味な造形で上側に二本のヒレ、それは揺れることなく白い雲を引いていた。
異様なのは姿かたちだけでなく、距離があるにもかかわらず、騒音がここまで伝わってくる。
それは耳を覆いたくなる煩さ。
それほど待つことなく、飛来した飛空艇は上空にピタリと停止した。それは俺達に暗い影を落としている。
魔素濃度は低く、どうやって浮遊しているのか見当もつかない。
俺達は見上げるだけで何もできずにいる。
「さて、この後は何をすればいいのか?」
誰も答えてくれなかった。
風だけが優しく俺に囁きかけてくれる。
俺は板を睨んで出方を窺う。だが、板は制止したきりピクリともしない。まるで、空に描かれた模様のように。
それは金属というより、大きな生物を思わせる素肌感をしている。
見える部分に野生生物のような傷は見当たらない。
呑気に見とれていると金属音が響き、飛空艇の後方より白煙が立ち昇った。
何か黒い物体が落下してくる。
「注意しろ! 何か落下した」
「なによ?」
わかるわけないだろ……。
俺はフィースを睨みながら、落下点に走りだす。
「お前たちはそこで待機していろ。確認してくる」
返事も待たず走り出す。
風を切りながら落下物の探査を始める。
周囲の景色は飛ぶように移ろいゆくが、敵は遠く豆粒のようだ。それは光を後方に放出して驚くほど速く降下する。気流に流されず魔法のような揺らぎもない。
どうやればあんな動きができるのか。
気になって仕方ない。
人型。それも人間よりも大きい図体をしている。手足は各二本。双頭。
魔素はほぼない。
どうやって動作しているのか、そもそも生きているのかさえ分からない。探査結果から判断すると生命活動はない。呼吸も脈も何もないのだ。
なんなんだ、こいつ。
俺はそれを人形と名付けた。
人形は自由落下から転じて、放物線を描いてこちらに向かって来る。
推進力は魔法や魔素ではない。
熱量が高く、騒音が大地を小刻みに揺さぶっている。
一瞬のうちに人形が目視できるようになってきた。
そいつは6枚の羽根を持つ、巨大なゴーレム。背中に何か担ぎ、それが騒音の発生源であり、推進する原動力だ。
どうも歓迎されてないような動作。
俺は表皮結界とマジックシールドを展開する。
閃光が大気を切り裂いた。
結界が剥離して吹き飛ばされそうになる。回避しながら結界を多重に編んでいく。
また、敵は発射動作に入る。
「回避しなければ即死だった。頭 狙いか……」
威力を確認するため結界を前方に多重展開した。
ざっと30枚くらい。
閃光。
風魔法で回避しながら結界を確認。半数が破壊される。
魔帝の攻撃以上だ。
身体強化とマジックシールドを唱えて、反射できるか試す。
あと数秒で敵と遭遇する。
敵は白銀の光を放ち俺の横を通過した。俺はコースを調整して攻撃をかわす。こちらの動きに合わせて敵は制動をかけ反転する。
俺の耳は爆音で機能しなくなった。
白煙の中から、何かが無数に飛んでくる。黒い球が不規則に揺れていた。
敵の攻撃だ。
咄嗟に加速すると背後に爆炎が上がる。これは避けやすいが、閃光が厄介すぎる。
結界は剥がされ、シールドは望んだ効果を発生しなかった。
とても残念なことに、直撃を受けると命はない。
前転しながら、敵の進行方向に攻撃魔法を設置する。全属性だ。
各魔法属性の文様が絡み合い、結晶が育っていく。
敵は小回りが効かない。
俺は笑い。手を伸ばし次の設置魔法をキャストする。
回避できないのか敵は無様に
こちらは攻撃を避け、起動変更する敵の隙をついて攻撃を続ける。
雷撃が利くようだ。
「くらえ!」
魔素を溜め込み、敵の前に放出。青白い球が膨れ上がり放電して圧を増す。雷電、辺りに稲妻と雷鳴が轟く。
鎖状につながる雷電が、敵に多重ヒットした。
まるで、裁かれたように輝く。
敵は墜落。
騒音が突然止んだ。
まだ耳は聞こえないが、空気振動でわかる。
俺は墜落した敵のもとに向かい。雷撃と火炎で赤熱するほど過剰攻撃を畳み込む。我に返ると倒した高揚感で笑っていた。
俺は何をやっているのか、気づいたとき恥を知る。
攻撃の手を止めた。
何かが弾けて、糸を引いて四方に飛び散る。
人形は沈黙したようだ。
俺はその場に腰を下ろし、人形が生き返らないか監視を続ける。
背後から声。
「これって、貴方が破壊したの?」
「あぁ、攻撃されたから反撃した。正当防衛だ。まあ、こいつに俺達の常識が通じるとは思えないが……」
「みんなを呼んでくるからここにいて。それから差し入れ」
「ありがとう。フィース」
俺は果物を受け取って齧りつく。
酒でも飲みたいところだ。
戦闘の名残で大地はクレーター状に
そんな光景とは違い、大気が熱された影響か吹き込む風は心地よい。
ここがどんな土地だったか、もうわからない。
眼前に広がるのは不毛の地。
全員が揃い人形を調査したが、俺がやり過ぎたのかサイズと大まかな形状しかわからない。フィースが呆れている。
文句を言うやつに戦ってから言えと詰め寄りたい。
そしていると頭上に制止した板状の物体から何か音が聞こえている。
「これって、敵対したことになるのか?」
「あなたの質問はいつも返答しにくいわ。貴方にわからないものが私にわかるわけないじゃない」
「フィースさん。建設的に」
ライーに叱られたのを見て噴き出すと、ふくれっ面していた。
まあ、俺に配慮がないのは確かだ。
「あの、空飛ぶ魚が近づいてないですか?」
「魚って、板のことか。ロセンダ?」
「ちょっと、板ってあれのこと。センスないわ。信じられない」
フィースが騒ぐせいで今度は俺が嘲笑の的になる。
俺は逃げるように板を探査をはじめた。
「確かに降下してきてるな。攻撃に備えて散らばるぞ」
俺達は距離をとり、飛空艇の監視を続けた。
どうやら、俺が破壊した人形を回収するようだ。
それを見て妙案が浮かぶ。
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