第27話 沸点が低い
今日もまた全員参加で閉鎖域を移動している。最初は慣れなかった乾燥した気候にいつのまにか順応していた。人とは柔軟なものだ。この層はなかば砂漠に浸食された乾燥した土地だ。たまに小動物を見かける。
愛らしい動物以外に、魔獣が引き寄せられるように現れるのが難点だ。
今のメニューは防衛訓練と撃退訓練を実施している。魔物などの襲撃があれば、その都度結界を張って防御する。過剰なほどの防御と連携に特化したメニューだ。敵の とどめを刺すのは班単位で順番制にしている。
順調に前進していると今夜の宿泊地である水場がみえてきた。
砂原の先には干からびた泥状の湖跡と小さな水たまり、ところどころに赤茶けた雑草が茂っている。心も荒んでくるような土地。
俺たちは魔獣密度の高い北側に布陣する。ある程度結界を維持できることを確認して夕食や宿泊の準備を始めた。魔物を寄せて結界維持するので、傍目にはやられっ放しに見えるようだ。たまに親切な探索者が救援に来ることがある。
理由を説明して協力に感謝すると笑って立ち去るものが多い。
極稀に訓練を見て嘲笑うものがいて、その中にダレン所属していた攻略隊が含まれていた。追い払ったようだが、フィースがダレンを引きずって俺の前に来る。
フィースは普段着なのか、はだけた薄いシャツにとても短いショートパンツ姿だ。デザートブーツを脱ぎ砂を捨てている。太腿が気になってしょうがない。
「この子、頭に血が上ってね、昔属していた攻略隊とトラブルを起こしたから、こうして引きずって来たよ」
フィースは俺に顔を近づけて声高に喋る。ちょっと、距離が近いぞ。
後退っていると、横から割り込むように、不満げな顔したダレンが主張する。とても仲がいいようだ。
「僕は悪くない。仲間をバカにしたんだ。守ってばかりの軟弱者って」
「ダレン、確かに仲間のために立ち上がるのは美徳だろう。だがな、挑発に乗ってどうする。今回は追い払ったようだが、恨まれると逆に仲間に危害が及ぶ可能性もあるぞ」
「黙って見ていろというのですか」
諭しても効果がないというか、燻る炎はいつ火の粉を上げだすかわからない。
それにしても、不平不満が多すぎる。
「魔獣にしても、その攻略隊にしても実際は倒そうと思えば瞬殺できるだろう。違うか?」
「それはそうですが」
ダレンは悔しそうに肩を震わせ、フィースを振り払って俺の前に出る。
手を出さなかったことに進歩を感じるが、一時の激情に流されるのは良くない。抑えられない想いがあるのは理解している。ただ、冷静になってほしい。
「おまえは胸を張って言わせておけ。攻略階層はギルドで開示してるから実力差は明らかになる」
「レイリーの言う通りよ。あいつら攻略隊とは名ばかりだよ。寄生虫って呼ばれてるし」
ダレンはフィースを振り返り、真っ赤になって声を荒げる。
「あの、フィースさん。僕たちにはその寄生虫に捨てられた過去があります!」
「あら、ごめんなさい。でも過去の話でしょ」
「ですが……」
そういえば、実力差が端的にして決定的に周知されるイベントがある。それは探索ギルドのランキング戦だ。俺が知るのは過去のこと。たしかトーナメント方式で争われたはずだ。
提案だけしてみるか。
「ダレン。俺にもお前の悔しさは伝わった。そのうち探索ギルドのランキング戦がある。そこで決着を付けよう。もしも、ふたたび挑発してきたなら、ランキング戦で勝負すると伝えてくれ。それまでは手を出すなよ」
「受けて立つのね。面白いわ」
「わかりました」
ダレンはトボトボと持ち場に戻っていった。納得しているようには見えない。
それにしてもランキング戦にフィースが乗り気なのは意外だった。
「あの子、煽り耐性が相当低いわね。しばらくの間、私が監視してるよ」
「そうだな。何故あんなに激情に駆られて行動するのか理解できない」
「生まれ育った環境かもね」
「なるほど、いつか聞いてみるか」
「それがいいと思う」
この女、結構というか相当に世話焼きだな。なんとなく、首を突っ込んで抱え込み傷つくタイプだろう。そんなところが教会と合わなかったのかもしれないが。
それでも、ダレンの面倒を見てもらうしかない。
「ということで、フィース悪いが監視ついでに指導もよろしく頼む」
「指導が加わった! まあいいわ、何か素敵なお礼を期待してるからね」
「ただで頼むと後が怖い奴だな」
フィースはわざと密着してきて、笑いながら去っていった。
捉えどころのない女だ。
野営訓練はトラブルなく自給自足で生活できている。女性が多いので当初は心配していたが杞憂に終わった。
閉鎖域で訓練を初めてから14日が経過して、そろそろサンクチュアリに帰還する準備をはじめていた。構築した施設や設備を砂に戻して、機材をしまい込んでいる。この後は結界をわざと崩壊させて、魔獣と戦いながら結界を再構築する訓練を実施する予定だ。
今回の訓練で一番難易度の高いメニューである。
「手順としては俺が現在張っている結界を壊す。その後で女騎士グループで魔獣を排除、ダレンのグループで結界を張る。手順は昨日のミーティングで話した通りに進める。フランは戦況が思わしくないときに結界を張って、エメリが結界内の敵を殲滅」
「質問のある者はいるか?」
「はい! ひとり身の私は何すれば?」
「お前は、戦況報告を俺にしろ。まあ、参謀役だ」
婚活女は頷いて俺の横に椅子を置き軍師のように陣取っている。おまえ参謀だぞ。
何か勘違いしているようだが、好きにさせておくことにした。
訓練中に魔帝カルマグネが現れた。
魔帝はいつも忽然と姿を現し、目的が達成できれば霞と消える。残念なことに魔帝の目的が判明したことはない。
要は目的うんぬんが予想の域を出ないということだ。
カルマグネは浅い層に現れる低位の魔帝で、サイズは人並に小さい。ただ、魔帝は容姿では判断できない。特殊な能力を持つものが多いからだ。
「結界の外に出てエメリとフランで討伐してくれ。俺は後ろに控え傍観する」
危なくなれば介入するが、問題ないだろう。
「レイリー様、私とエメリちゃんの役割分担は?」
「魔帝の初形態ではフランが防御、エメリが攻撃を担当する。そして、形態変化の合間に攻防を入れかえる。そして最後は協力して一気に敵を倒してくれ」
「はい」
「エメリは質問ないのか?」
「だいじょうぶ! 敵が小さいからひねり潰すね」
怖いやつだ。
ただ、サイズと能力に相関関係はないのだが。
戦闘が始まるとカルマグネは防戦一方で、最終形態になった直後に爆炎魔法インフェルノで火葬された。エメリ風に言うなら、この層の魔帝は既にゴミ虫だ。
訓練は面白みがないほど簡単に終わってり、俺たちは帰路についている。
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