第百話 招待状≒脅迫状?



「ロタ、ご飯の時間だよ」

「ワン!」


 朔夜が餌の入った皿を地面に置けば、フワフワの尻尾をブンブン振ったシロ太が嬉しそうに駆けてくる。


 河原で野球対決をしたあの日から、既に二日が経過していた。そこで出会った犬の妖怪――不知火が命名したシロ太は、“ロタ”という愛称で呼ばれている。


 魁組にもすっかり馴染んだ様子で、組の妖怪たちからも可愛がられている。

 鬼門であった茨木童子も、初めは組に素性のしれない者を住まわせることに対して、難色を示してはいた。けれどそこは真白の予想通りで、朔夜からのお願いに結局は絆されてしまい、今ではシロ太の愛らしさに魅了された一人となっているようだ。こっそり餌をやる姿を目撃した組の者がちらほらといるのが、何よりの証拠だった。


「あんまり餌ばっかりやってると、肥えるぞ」


 縁側から庭に下りてきた真白が窘めるように言いながら、シロ太の頭を撫でる。


「え? これはお昼ご飯だし、そんなに食べさせ過ぎてるつもりはないよ?」

「お前がそうでも、他の連中が事あるごとに餌付けしてんじゃねーか」


 呆れ口調の真白は、傍から見れば冷たい物言いにも感じるだろう。けれどシロ太を撫でる手つきは、誰の目から見ても分かるほどに優しい。撫でられているシロ太も嬉しそうだ。


「……で、どうすんだよ」

「え? どうするって、何のこと?」

「アイツだよ。あの陰陽師野郎」

「陰陽師野郎って、東雲さんのことだよね?」


 脈絡なく尋ねられた問いの意味が分からず、朔夜は不思議そうな顔をする。真白は付け足すように葵の名を挙げるが、そこまで言ってもきょとんとした顔で小首を傾げている朔夜に、渋々といった様子で核心を突く。


「だから……アイツが辞めて、このままでいいのかってことだよ」

「……あぁ、何だ。そのことかぁ」


 まさか真白の口から葵を引き止めるような言葉が出てくるとは思っていなかった為、朔夜は一瞬呆けた顔をしてしまった。けれど、その顔には直ぐに笑みが浮かぶ。

 ――あまり他者に興味を示すことのない真白が、葵のことを気にかけているのだと知れたことが、嬉しかったからだ。


 朔夜が頬を緩ませていることに目敏く気づいた真白は、反対に不機嫌そうな顔になる。


「……何笑ってんだよ」

「ん~? いや、何でもないよ」

「……」


 ジト目を向けてくる真白に、朔夜が尚もへらへらと笑っていれば、そこに近づいてくる複数の足音。


「……は? 何でアイツらが此処にいんだよ」


 魁組四天王の一人である金童子に連れられてこちらに向かってきているのは、蛍と瑞樹、そして、時雨の三人だった。

 何故魁組の敷地内にいるのかと驚愕の声を漏らす真白に、朔夜が「ふっふー」と謎の笑い声を漏らした。その顔はどこか得意げだ。


「朔夜様、御友人が来られましたよ」

「おーい、朔夜くん、真白くん!」

「わん!」


 数メートル先で、朔夜と真白に気づいた蛍たちが嬉しそうに手を振っている。そちらに駆けていったシロ太を目で追いかけながら、屈み込んでいた朔夜は手を振り返しながら立ち上がった。


「蛍くんたちは、僕が呼んだんだよ。真白にも協力してもらうからね」

「……はぁ、そういうことかよ」


 ――どうやら、自分が気を揉む必要はなかったらしい。


 柄にもないことをしてしまったと、真白は気恥ずかしそうに頭を掻いた。


 朔夜の不敵な笑みと、この場で唯一姿の見えない渦中の人物。

 そこから導きだした朔夜の思惑に気づいた真白は、面倒くさそうな雰囲気を醸し出しながらも、微かに口角を持ち上げて、朔夜と共に蛍たちのもとへと向かった。



 ***


「……何だよ、これ」


 アパートから出て鍵を閉めようとした葵は、玄関扉に無造作に貼り付けられている一枚の紙きれに気づいた。不審に思いながらも剥がしてみれば、裏面に文字が綴られていることに気づく。


――

招待状

本日、魁組にて宴を開催するようだよ。

東雲さんは至急、開催の地に来られたし!

美味しい和菓子もあるよ(ハートマーク)

さもなくば似非神野郎の命はねぇ。

来てくれるまで、待ってます!

――


 書かれた五つの文章は、全て筆跡が異なっている。五人で一文ずつ書いたのだろう。


「いや、つーかこれは……招待状っつーより、脅迫状だろ」


 四文目に対して小さな声で突っ込みを入れながらも、さてどうするべきかと、葵は思考を巡らせる。


 ――同好会を辞めた身なのだから、別にこの誘いに応じる必要はない。無視したって、何の問題もない。……そうだ。わざわざこんな茶番に付き合う必要はない。そんな暇があるなら、一体でも多く妖怪を滅しなければ。


 自分自身に言い聞かせるようにして、行かなくてもいい理由を並べ立てていく。

 けれど、理由を一つ積み重ねていけば、比例するようにして、心中にモヤモヤとした塊が生まれる。心がズシリと、重たくなっていく。


「……はぁ。仕方ねーな」


 ――これっきりだ。アイツらと関わるのも、これで最後にする。


 これは、浅はかな考えで同好会に入ってしまい、その結果巻き込む形になってしまったことに対する、詫びのようなものだ。

 自分なりのケジメなのだと思うことにした葵は、紙切れを無造作にポケットに仕舞い込むと、招待状の送り主たちが待っている会場へと足を向けた。


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