第九十七話 隠し事の顛末や如何に



「主君~! 頑張ってください!」

「主君なら絶対に素晴らしい手腕で勝ちを掴み取れます!」

「「いけいけ主君! 押せ押せ主君!」」

「おぅ! 任せとけ!」


 白球を握りしめた方の肩をグルグル回している不知火に、小妖怪たちが大きな声で声援を送っている。

 対して、バットを握りしめている蛍は、血走ったまなこで睨みつけるようなまなざしを向けてくる不知火を目の前にして、今にも泣き出しそうだ。


「蛍くん、頑張れ~!」

「さ、朔夜くん……ぼ、僕じゃ無理だよ~……!」


 同じチームである朔夜からの激励に、蛍は弱り切った声で返した。バットを振る前から、すでに弱腰になっているようだ。


 野球のチーム分けは、朔夜・葵・時雨・蛍の四人対、不知火・瑞樹・真白の三人編成になっている。小妖怪たちは応援要員だ。


 ちなみに、揃っている野球道具一式は、瑞樹の執事である氷室がどこからともなく現れて、いつの間にか用意してくれていたものだ。野球道具を手配してくれた氷室は、また直ぐに姿を消してしまったので、この場には居ない。

 瑞樹と朔夜、それに不知火は当然のように氷室の登場を受け入れていたが、気配もなく現れた氷室に対して、その他の面々が驚くなり怪訝なまなざしを向けたりしていたのは、言うまでもない。


「よーし、そんじゃあ行くぜ!」

「は、はいぃ……! お願いします……!」


 白球をグッと握りしめた不知火は、掲げた腕を、そのまま振りかぶった。解き放たれた白球は、キャッチャーミットを構えている瑞樹目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。


 余りの怖さにギュッと目をつぶっていた蛍は、勢いのままにバットを振る。その動きは、誰の目から見ても空振りで終わると思われたが――物凄い速さで宙を移動していた白球は、木製のバットに見事に打ち当たった。


「わぁ! 蛍くん、凄い!」

「え、え? あ、当たった……!?」


 打った本人である蛍が一番驚いているようだ。白球は不知火の頭上を通り抜けて、更に後方へと向かっていく。


「おい、行ったぞ! ……って、おいオマエ! 何で突っ立ってんだよ!?」


 不知火は、バックに控えている真白に声を掛けた。

 しかし当の真白は、動く気配すら見せずに気だるげに突っ立ったままだ。


「はぁ、面倒くせぇ……」


 真白が低い声で呟いた。ただでさえ暑いのが苦手だというのに、真夏の陽光を直に浴びていることも相俟って、その顔は苛立ち最高潮といった形相になっている。


 しかも、真白は元々やる気もなかったというのに、朔夜とも別のチームになってしまったのだ。ただでさえないやる気は、グングン下降するばかりだった。

 そのため、この茶番が早く終わることをひたすらに願いながら、無の境地となり、暑さに耐えながらジッと突っ立っていたというわけだ。


「蛍くん、今の内だよ! 走って走って!」

「あ、う、うん!」


 真白の側に落ちた白球は、そのままコロコロと転がっていく。その間にと駆け出した蛍は、即席で作った三塁ベースまで回りきり、無事にホームへと戻ってきた。


「月見くん、凄いわ」

「し、東雲さん!? そ、そんな……ぐ、偶然、運が良かっただけだよ……!」


 葵に両手を握られ賞賛の言葉を受け取った蛍は、顔を真っ赤にしながら照れ臭そうに視線を彷徨わせている。


「これで私たちの勝ちね」

「クッソォ……」


 勝ち誇った顔をする葵に、不知火は悔しそうな声で唸っている。


「っ、勝負はまだまだこれからだ!」

「往生際が悪いわよ?」

「まぁまぁ、二人共落ち着いて。キリもいいし、ちょっと休憩しようよ」


 再び言い合いを始めそうな二人の間に割って入った朔夜は、持ってきたクーラーボックスを開けた。中からひんやりとした冷気が漂ってくる。


「これ、前にも持っていった和葛氷菓子だよ。不知火が美味しいって言ってくれたから、皆で作って持ってきたんだ。小妖怪たちも一緒にね」


 朔夜の言葉を聞いた不知火は、驚いた顔で小妖怪たちを見る。


「これ、オマエらも作ったのか?」

「は、はい!」

「主君に食べて頂きたくて、一生懸命作りました!」

「そうか……ありがとよ、オマエら」


 二ッと犬歯を見せて笑った不知火は、朔夜から受け取った氷菓子を大口を開けて頬張った。


「クゥッ、やっぱり美味いな、これ!」


 茹だるような暑さや、勝負に負けたことに対して苛々していた様子の不知火も、冷たい氷菓子を食べてすっかりご機嫌になっている。

 他の面々にも氷菓子を配った朔夜は、自身も氷菓子を食べて幸せそうに頬を緩めながら、本来の目的を遂行するために、声を上げる。


「それで、結局不知火は、此処で何をしてたの?」

「あぁ? それは……」


 口をもごつかせている不知火を見て朔夜が首を傾げたのと、「ワンッ!」と愛らしい鳴き声が響いたのは――ほぼ同時のことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る