第九十五話 迷いに揺らぐその瞳



「えーっと、今回は何を作るんだっけ?」


 手際よく材料の準備をしている朔夜に、厨房内を物珍しそうに見ていた時雨が尋ねれば、朔夜は冷蔵庫から一つのプラカップを取り出した。


「今からこれを作ろうと思うんだ」

「「あ、それは……!」」


 答えを知っている小妖怪たちが、嬉しそうに声を揃える。


「和葛氷菓子だよ。その名の通り、葛を使った氷菓子なんだ。皆には、型抜きをお願いしようかな。好きな型を選んでね」


 朔夜は冷凍庫から取りだした葛生地の横に、星型や花型などの様々な型抜きを置いた。

 朔夜に促されて、各々が好きな型を手にして生地をくり抜いていく。


「瑞樹くんのは、犬の型だね」

「あぁ。実は僕の家でも、犬を飼っているんだよ」

「へぇ、そうなんだ! 瑞樹くん、何の犬を飼ってるの?」

「犬種はゴールデンレトリバーだよ。……良ければ今度、皆で遊びにこないかい?」

「うん、行きたい!」

「ま、前に、瑞樹くんの家の近くを通りかかったんだけど、ドラマに出てきそうな豪邸で、びっくりしたよ……!」

「あ、僕も前に通りかかったよ! すっごく大きいよね」


 朔夜と瑞樹と蛍がキャッキャッとはしゃいでいる中、


「真白くんはハートの形にしたの? へぇ、意外に乙女趣味なんだね」

「はぁ? 余ってた型がこれしかなかったんだよ!」


 と、時雨がいつものように真白に突っかかって怒られている。


 そんな二人のやりとりを微笑ましげに見ていた朔夜だったが、その隣に立っている葵が、やけに静かであることに気づいた。どこか物思いに耽っているような、翳りのある表情をしている。


「東雲さん、どうかした?」

「……え?」

「何か考え込んでるみたいだったから」

「……いいえ、何でもないわ」


 葵はニコリと上品に笑って、首を横に振る。

 けれど、葵が何か思い悩んでいるのだろうことは、その表情を見れば明白だった。しかし、この場でいくら聞いたところで返ってくる答えは同じだろうと考え、朔夜は深く言及することはしなかった。


「そっか。でも、一人で抱え込まないで、何かあればいつでも相談してね。僕にできることがあるなら、力になるからさ」

「……えぇ。ありがとう」


 葵は曖昧に微笑んで、朔夜からそっと視線を逸らした。

 朔夜の邪気のない、眩しい笑みを目にして――葵の中で揺らいでいたとある決意が、今まさに固まろうとしていた。



「――よし、これで完成だね」


 出来上がった透明なプラカップの中には、カラフルな葛餅と、凍らせておいた色鮮やかな果物がたっぷり入っている。


「「とても美味しそうです!」」

「み、見た目も華やかで、すごく美味しそうだね……!」


 小妖怪や蛍が、嬉々とした声を上げる。


「ねぇ、ちょっと味見していこうよ。ボク、お腹空いちゃった」


 時雨が続ければ、真白は呆れたような目を向けた。


「お前って、本当に図々しい奴だな」

「失礼な。ボクはいつだって素直なだけだよ?」


 時雨が小首を傾げてウィンクをすれば、真白はゲッと嫌そうに顔を歪めて距離を取る。


「そうだね。それじゃあ少しだけ味見して、残りは持っていって皆で食べようか」


 二人がそんなやりとりを繰り広げている間に、朔夜は人数分の小さな器に氷菓子を取り分けていた。

 真白と時雨のじゃれ合い(?)にもすっかり慣れてきたらしい蛍と瑞樹は、一足先にと氷菓子を頬張っている。小妖怪も初めは「主君より先に食べるなんて……」と遠慮の姿勢を見せていたが、「不知火の分もたくさん用意してあるから大丈夫だよ」との朔夜の一声で、今はパクパクと氷菓子を食べて嬉しそうにしている。


「はい、東雲さんと時雨くんもどうぞ。ほら、真白も食べよう」

「わーい、ありがとう朔夜くん」


 真白から視線を外した時雨は、朔夜から器とスプーンを受け取ると、すぐに氷菓子をパクリと食べて頬を緩めている。

 そして、眉を寄せていた真白も、どこか悩ましげな難しい顔をしていた葵も――氷菓子を一口頬張ったその瞬間は、口の中に広がる爽やかな甘さと喉を通る心地良い冷たさに、ふっと表情を緩めていたのだった。


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