第七十七話 氷菓子のお裾分け
上空からはギラギラとした陽光が降り注ぎ、暑熱がジリジリと肌を差す。
「ふぅ、今日も暑いね」
「……、死ぬ……」
「真白、もうちょっとだから頑張って」
夏休みに入った朔夜と真白は、現在、五月雨神社に向かっていた。
二人で夏休みの課題をしていた最中、五月雨様や不知火たちに会いに行こうよと、朔夜が思いつきで口にしたことがきっかけだ。思い立ったら即行動の朔夜に対して、真白は渋々、本当に渋々といった様子で重い腰を上げた。
真白は暑いのが大の苦手であるため、そもそも炎天下の中、外に出ること自体が嫌なのだ。今も暑さに参った様子を見せているが、何故か目だけはぎらついていて、太陽を射殺さんばかりのまなざしで睨み上げている。まさに、親の仇を見るような目だ。
「おぉ、暑い中よく来たな」
五月雨神社の境内を進んでいき社の前で手を合わせれば、中から五月雨様がひょっこり顔を出した。五月雨様は何故か朔夜たちがやってくることを予期していた様子で、笑顔で社の中へと通してくれる。
足を踏み入れれば、不知火と小妖怪二匹が、板の間の上でグデンと伸びて寝転がっている様が視界に飛び込んでくる。
「こんにちは。皆、そんなところで寝転がって何してるの?」
「何してるのって……この上が一番ひやっとしてて、気持ちーんだよ」
「うぅっ、暑いです……」
「溶けそうです……」
不知火たちは、この暑さにすっかりダウンしてしまったようだ。
「全く、だらしのない奴らじゃのう」
冷たいお茶を淹れてきてくれた五月雨様は、朔夜と真白の前にそれを置くと、不知火たちの側にもお茶が入ったコップを置いて、不知火の頭をポンと軽く撫でた。
「ほれ、冷たい茶じゃ」
「……茶じゃなくて、オレは酒が飲みてーんだよ」
「今朝からずっと飲んどったじゃろうが。今日は終いにせい」
「……ケチケチしてんじゃねーよクソジジイ…って、いってぇ……‼」
「ホッホッ、お前さんが減らず口ばかり叩いとるからじゃ」
どうやら、相変わらず仲良く(?)やっているようだ。
寝転がったまま噛みつく不知火を笑いながら窘めている五月雨様という画は、飼い犬と、それを躾けている主人のようにも見えてくる。
そんな二人を見て朔夜がのほほんと笑っていれば、不知火の興味が朔夜に向けられた。
「つーかオマエは、今日は何しにきたんだよ」
「僕たちは、久し振りに皆に会いたいなって思って遊びにきただけなんだけどね……あっ、そうだ。お酒は持ってきてないんだけど、僕、良いものを持ってきたんだ」
「あぁ? 良いモノォ……?」
怠そうに突っ伏していた不知火は、訝しそうな目を朔夜に向ける。
「じゃーん! 冷たくて甘い、氷菓子だよ」
ニコリと楽しそうな笑みを広げた朔夜が持ってきていたクーラーボックスから取り出したのは、透明なプラカップだ。カップの中には、カラフルなブロック状の物体に加えて、ブルーベリーや苺、蜜柑など、凍らせた果物がごろごろ入っている。
「これは、今ウチのお店で出している“和葛氷菓子”なんだ」
「ほぅ、これは葛を使っとるのか」
五月雨様が興味深そうにカップを覗き込む。
「はい。葛を使っているので、普通の氷菓子よりも溶けにくいんです。従来の氷菓子のようなシャリシャリした食感はないんですが、ゼリーを凍らせたような食感に似ていて……暑い夏におすすめの
客にも説明している言葉をスラスラと紡いだ朔夜は、五月雨様に「どうぞ」とカップを渡すと、物珍しそうにジーッと朔夜の手元を見つめている不知火にもカップを手渡した。
朔夜からカップを受け取った不知火は、一緒に渡されたプラスチックのスプーンフォークを赤色の四角にぶすりと突き刺す。それをパクリと口に含めば――暑さですっかり疲弊していた不知火の顔が、パッと華やいだ。
「うっめぇ……! 何だよこれ、めちゃくちゃ美味ぇじゃねーか‼」
そのままパクパクと食べ進めていく不知火に、ポケッとした顔で見ていた小妖怪たちは、慌てて不知火の服の裾を引っ張る。
「しゅ、主君! 我らも! 我らも食べたいです!」
「そうです! 我らの分も残しておいてください!」
「あはは、大丈夫だよ。まだたくさん持ってきてるから。はい、どうぞ」
朔夜からカップを貰った小妖怪二匹は、「「ありがとうございます!」」と同時にお礼を言うと、ワクワクと期待に満ちたまなざしでカップの蓋を開封する。
「はい、真白も」
「……サンキュ」
すでに家でも何度か和葛氷菓子を口にしていた真白だったが、何度食べても飽きることなどなく、朔夜の作る和菓子は格別に美味しい。ひんやりした甘い氷菓子が真白の喉をするんと通っていき、火照った身体に染み渡る。
口をもごもごさせながら「……うめぇ」と呟いた真白に、朔夜は嬉しそうに頬を緩めた。
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