第七十六話 謎の呪符と犯行の動機は、
「はい、骨壺だよ」
「朔夜様、取り返してくださったんですね! 本当に本当に、ありがとうございます……!」
朔夜と真白は取り返した骨壺を持って、狸吉のもとを訪ねていた。
突然やってきた朔夜たちに狸吉は驚いた様子だったが、その腕に抱えられている骨壺の存在に気づくと、パッと顔を明るくしてペコペコと頭を下げた。ふわふわの尻尾も嬉しそうに揺れている。
「うん。でも、盗んだ犯人までは分からなかったんだけど……」
あの首の長い妖怪は、盗んだのは自分ではないと言っていた。
嘘を吐いているという可能性も考えたが、狸吉が見たと言っていたのは人間の男らしいので、そうなると、あの妖怪はどちらの条件にも当てはまらないことになる。
「いえ、これを取り返してくれただけで充分です! 本当にありがとうございます!」
「どういたしまして。あ、それとね……」
朔夜はポケットから、クシャクシャになっている一枚の札を取り出す。
「これがその壺に貼ってあったんだ。見つけた時にはもうボロボロで、ほとんど剥がれかけてたから、僕が預かってたんだけど……これって元々その壺に貼られていたものかな?」
「いえ、そんな札には見覚えはありませんが……」
「やっぱりそうなんだね。茨木童子……家の者に聞いたら、これは気配を絶ったり、結界を張ったりする効力がある札らしくて。だから君が校舎に入ってこれなかったのも、この札の影響があったからじゃないかと思うんだ」
それ、日中は校舎内で妖力を感じなかったのも、妖力を辿るのに苦戦したのも、全てこの札が原因だったのだろう。
「そうだったのですね……そこまで解明してくださったなんて、やはり朔夜様は素晴らしいお方です! 噂を信じてお訪ねして、本当に良かった……!」
「あ、いや、噂の方はかなり尾鰭が付いて伝わってるみたいなんだけど…「こうしてはいられません! 早く露神様にお伝えせねば!」
朔夜の言葉が全く耳に入っていないらしい狸吉は、嬉々とした声でそう言って、露神様が祀られているという祠に向かおうとする。
「あ、露神様には会っていかれますか? 大したもてなしはできませんが、よろしければ休んでいってください」
「うーん……でも露神様、今は弱ってるんだよね? また元気になったら挨拶にくるから、今日はこのまま帰ることにするよ」
「つ、露神様の御身体のことまで案じてくださるなんて、何てお優しい……! っ、分かりました! 露神様には、私めの方から朔夜様たちのことをお伝えしておきますので!」
狸吉は矢継ぎ早にそう言うと、尻尾をブンブンと揺らしながらあっという間に森の中に消えていった。
骨壺を届けに来たついでに、噂が誇張して広がっていることを狸吉に伝えたいと思っていた朔夜だったが――それは諦めて、真白と共に真っ直ぐ家へと帰ったのだった。
***
骨壺を無事に届けて帰宅した朔夜と真白は、二人で朔夜の部屋にそろっていた。
真白が朔夜のベッドで寝転がっているのに対して、朔夜は一枚の用紙と向き合っている。
「うーん、何て書けばいいのかな……」
妖怪同好会として活動している以上、活動報告をする必要があるということで、今回の学校探索についての感想を、各々でレポートに纏めることになっているのだ。
夜にこっそり校舎に忍びこんだことは結局鈴木にもバレてしまったのだが、このレポートを提出することでお咎めなしということになっている。
しかし朔夜は、どこまでをどう記すべきかと悩んでいた。
男子トイレにある鏡の中で妖怪と遭遇したことは勿論、まさか自分が妖怪化して倒したなどとは書けるはずもないので――レポート作成は難航を極めていた。
まだ三行ほどしか書けていないが、朔夜は一旦休憩を挟むことにして、持っていたシャーペンを手放して後ろに倒れ込む。
「それにしても……どうして露神様の壺を盗んで、それをあの妖怪に渡したんだろう……盗み出した犯人は、何がしたかったのかな」
「さぁな」
真白は初めからレポートに手を付ける気はゼロのようで、ベッドの上に寝転がって漫画を読んでいる。
魁家は基本的には和室だが、二階にある朔夜の部屋は洋室風になっているのだ。そのため、こうして木製のベッドが置かれている。
「真白もちゃんとレポートやるんだよ?」
「……何だよ。お前が妖怪化したことでも書けばいいのか?」
「うっ……そんなこと書けるわけないだろ。だから僕も何を書けばいいか分からなくて、悩んでるんだけどさ」
「んなの、適当に書いとけばいいだろ」
「だって……唯でさえ皆に嘘を吐いてるようなものなのに、此処にもでたらめを書くのは、ちょっとあれかなって……」
「……はぁ。ほんと、真面目馬鹿」
ベッドから起き上がった真白は、朔夜の隣に座りこむ。
「ほら、書くぞ。レポートは二人で一枚でもいいって言ってたろ」
「……え、真白も一緒に書いてくれるの?」
「……仕方ねぇだろ。お前が馬鹿正直にいらねーこと書いても面倒だし」
真白は照れ隠しで悪態を吐きながら、スラスラとレポートを書き進めていく。
あの美しい鬼の姿となった朔夜のことを記せないのは、少し残念だと思いながらも――それを自分は知っているという優越感のようなものを感じているのもまた、事実で。
「……これでいいだろ」
「え、もう書けたの?」
朔夜がレポートに視線を落とせば、そこには、『二手に分かれて校舎内を探索。三階の探索では、バケツが急に倒れるという現象が起き、月見がビビってた』と、妖怪に出くわしたことには一切触れずに、その他の事実のみが簡潔に記されている。
「うーん、まぁ嘘ではないけど……これだと短すぎるし、レポートにはなってない気も……」
「ちゃんと事実しか書いてねーんだから、それでいいだろ」
「……うん、そうだね。それじゃあ後は、僕がちょっと書き足しておくよ。真白、ありがとね」
“月見がビビってた”という文字だけそっと消した朔夜は、真白の文に言葉を付け足して、何とかレポートを完成させたのだった。
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