第七十五話 美しき鬼への探求心
「蛍くん、妖怪に襲われたって……大丈夫なのかい?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「本当かい? どこか怪我をしたりは…「ぜ、全然、ピンピンしてるよ! あの……心配してくれてありがとう、瑞樹くん」
校舎の外で合流すれば、瑞樹が心配そうに駆け寄ってきた。
朔夜と時雨との通話で事のあらましを聞き、大事にはならなかったと聞いていたとはいえ、蛍の無事をその目で確認できたことで、瑞樹は漸く肩の力を抜けたようだ。安堵の息を漏らしながらも、次いで朔夜と真白に目を向ける。
「朔夜くんと真白くんも、無事なのかい?」
「うん、僕たちも平気だよ。瑞樹くんたちは大丈夫だった?」
「あぁ。僕たちの方には、妖怪はおろか、怪奇現象も何一つ起きなかったからね」
瑞樹は、後ろから歩いてきた時雨と葵に視線を移しながら言う。
「お前……何か妖怪を引き寄せるセンサーでも付いてんじゃねーの」
「あはは……偶々こっちで出くわしたってだけだよ」
朔夜の隣にやってきた葵は、朔夜の顔を訝しそうな目でじっと見つめる。
頬を人差し指で掻いた朔夜は空笑いを返しながらも、頭の中では「(妖怪に変化しているところを見られなくてよかった)」という安堵の気持ちと、それを隠していることに対する心苦しさを感じて、胸を痛めていた。
――葵や蛍たちになら、此処に居る皆になら……自分が半妖であることを話しても、大丈夫なのではないだろうか。
そう考えながらも、朔夜はその一歩が中々踏み出せずにいた。
茨木童子からも、朔夜自身が半妖であることは勿論、家のことも一切口外してはならないと口酸っぱく言われているのだ。それに……。
朔夜は幼い頃の記憶を思い出して、小さく下唇を噛みしめる。
「へぇ。それなら、その妖怪が蛍くんを助けてくれたんだね」
朔夜が思案している間に、蛍を通して鬼の姿に変化した朔夜の話が皆に伝わっていたようだ。
瑞樹は純粋な興味で話に聞き入っているようだが、葵は何かを考え込むような表情を見せたかと思えば、ニコリと笑って蛍に質問をする。
「ねぇ、月見くん。その妖怪って……鬼の妖怪じゃなかった?」
「えっ、と、鬼の……?」
「えぇ。黒髪で、頭に赤い二本の角が生えていて……片目が金色じゃなかったかなって」
「う、うん。その通り、だけど……東雲さん、何で知ってるの?」
「……私も前に、会ったことがあるのよ」
――その鬼にね。
葵は含みを持った言い方をする。
あの鬼には助けてもらった借りもあるが、同時に、何故叢雲山にいたのか、どうして人間の味方をしてくれたのかなど、訝しく思う点が幾つもあったのだ。そのため、次に会えた時には色々と問い質してやろうと考えていた。
しかしそんな葵の思惑など露知らずの蛍は、葵も自分と同じように窮地を救ってもらい、あの妖怪に憧れている一人なのだと勘違いしたようだ。
「じ、実は僕も、昔に助けてもらった
「えぇ、そうね。私もまた会いたいわ」
蛍と葵が言う“会いたい”の言葉は同じであっても、その意味合いは全く異なるものであることが分かる。
二人の会話を耳にした朔夜は、乾いた笑い声を漏らしながら、やっぱり暫くの間、正体は隠しておくことにしようと決めたのだった。
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