第七十三話 夜の学校探索



「よ、夜の学校って、やっぱり不気味だね……」

「そう? ボクはわくわくするけどなぁ」

「し、時雨くんは、肝が据わってるんだね……」


 初めは妖怪と遭遇できるかもとウキウキとしていた蛍だったが、日中とは打って変わり、シンと静まり返った校舎内を歩いているうちに、恐怖の気持ちが湧き出てきたようだ。

 いつもと変わらぬケロリとした表情の時雨に言葉を返された蛍は、尊敬と、僅かの困惑を宿したまなざしを向けている。


「おい。……お前も感じるだろ」


 蛍たちの後ろを歩いていた朔夜に小声で話しかけてきたのは、葵だった。

 その言葉の意味を直ぐに理解した朔夜は、普段より固い表情で頷いて返す。


「……うん。これは間違いなく、妖怪の気配だね」


 日中に校舎内を歩いているときは何も感じなかったというのに、今は何処からか漂ってくる確かな妖気が感じられる。



 ――妖怪研究同好会の一同は、夜の校舎内を探索していた。


 現在時刻は夜の十九時を過ぎたところだ。この季節は陽が落ちる時間が遅いとはいえ、さすがに外は真っ暗になっている。


 こうして探索することになった経緯としては、狸吉が朔夜のもとを訪ねてきた翌日に、朔夜から同好会の皆に、学校で起きている怪奇現象について詳しく調べてみないかと提案したことが決め手となった。

 各々が怪奇現象について少なからずは関心を抱いていたようで、朔夜の意見に反対の意を示す者はいなかったのだ。


 初めは、一応顧問のような立場に当たる鈴木に探索の許可をとろうしていたのだが、もし本当に妖怪に出くわした時、色々と面倒だと考えた葵が、こっそりと忍び込むことを提案した。


 そのため現在六人は、見回りの教師に見つからないよう息を潜め、細心の注意を払いながら校舎内を歩いて回っているのだ。



「校舎内は広いし、早くしないと見回りの先生が来ちゃうわ。ここは効率よく、二手に分かれましょう」


 葵の提案で組み分けのグーチーを行った結果、チョキを出した朔夜は、真白と蛍と一緒のグループになった。

 蛍が懐中電灯を二つ持ってきていた為、一つを時雨に渡して、朔夜たちは一番上階である三階を、葵たちは一階を見て回ることになり、二階で合流しようと決めて別れた。


「ま、真っ暗だね……」

「夜なんだから当たり前だろ。つーかお前……妖怪が好きなんじゃねーの?」


 ビクビクとしながら歩いている蛍に気づいた真白が、呆れ口調で尋ねる。

 妖怪のことになると目を輝かせて饒舌に話す蛍の姿を何度も目にしていた為、純粋な疑問からくる言葉でもあった。


「よ、妖怪は好きだけど、そ、その、幽霊とかは、やっぱり怖くて……」

「僕も幽霊とか、オカルト系はそんなに得意じゃないんだ。一緒だね」

「ほ、ほんとに?」


 皆平然とした様子だった為、蛍は、怖がっているのは自分だけかと思っていたのだ。朔夜の言葉を聞き、安心したような表情で吐息を漏らしている。


「あ、此処は僕たちの教室だね」


 三階には一年生の教室がある。朔夜たちは何か異変がないかと端から順に見て回っていくことにした。


「……特に変わった気配は感じねーけどな」


 教室内を見渡しながら、真白が呟く。


「うん、僕もあんまり…「ひっ……い、今、何か音がしなかった……!?」


 朔夜の言葉を遮ってビクリと肩を跳ね上げた蛍が、教室の後方を震える手で指さす。


「……あ、バケツが倒れてるね」


 ロッカーの上に置いてあるバケツが横向きに倒れている。多分その音だろう。


「ってか、何でバケツが急に倒れんだよ」


 状況を分析して平然と答えた朔夜に次いで、真白からの冷静な指摘に、蛍の顔はサァッと蒼く染まっていく。


「や、やや、やっぱり、この学校には幽霊がいるんじゃないのかな……?」

「うーん、そうかなぁ。でもほら、こう……校舎がちょっと傾いてて、転がってきたとか……」

「いや、有り得ねーだろ」


 怯えている蛍を何とか安心させたいと思った朔夜は何とか捻り出した考えを口にするが、又もや真白に一蹴されてしまった。


「ふ、二人とも、ごめんね……こんな時に何だけど、僕、トイレに行きたくなっちゃって……」


 蛍はもじもじとしながら申し訳なさそうな顔で言う。


「それじゃあ一緒に行こう。一応何があるか分からないし、僕たちはトイレの前で待ってるから」

「う、うん。ありがとう」


 教室を出てそのまま男子トイレに向かった朔夜たちは、蛍が用を足してくるのをトイレ前で待つ。


「んー、確かに気配は感じるんだけど……何処にいるのかさっぱり分からないんだよね」

「あぁ、俺も。……さっきのバケツも、妖怪の仕業だろ」

「うん、だよね…「うわあっ‼」


 朔夜と真白がひそひそと話していれば、トイレから蛍の悲鳴が聞こえてきた。


「っ、蛍くん、どうしたの!?」


 朔夜と真白はトイレに駆け込む。

 しかしトイレのどこにも、蛍の姿は見当たらない。


「チッ、此処にも妖気が漂ってんな」

「妖怪が蛍くんを何処かに連れて行ったってことだよね……早く助けに行かないと。それに蛍くん……ちゃんと用を足せたのかな」

「……って、今心配するのはそこじゃねーだろ」

「だ、だって、用を足す前に攫われたんだとしたら、大変かなって思ってさ!」


 少しずれた発言をする朔夜に真白は軽く突っ込んで返しながらも、妖気と一緒に微かに感じる蛍の気配を探ることに集中する。


「ねぇ、真白。……声が聞こえない?」


 一点をじっと見据えている朔夜の視線の先を、真白も辿っていく。

 その先にあったのは――トイレに備え付けられている、鏡だった。


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