第七十二話 力が漲るわらび餅?



 現在は店も営業中の時間帯に入ってしまっているため、朔夜は店の裏口から小妖怪を通して、空いていた奥の座敷席へと案内した。


 朔夜が出してくれた冷たい玄米茶とわらび餅を頬張り、だらしなく表情を緩めていた小妖怪だったが、真白から訝しそうなまなざしを向けられていることに気づくと、佇まいを整えてわざとらしく咳払いをしてみせる。


「コホンッ。えー、私めは、月詠町にあります森に棲んでおります。狸吉りきちとお呼びください」

「狸吉くんだね。えーっと、まず確認したいんだけど……狸吉くんが言っていた噂っていうのは、一体何のことかな?」


 まず一番に気になっていたことを朔夜が尋ねれば、狸吉はきょとんとした顔をして、かと思えば黒いつぶらな瞳を輝かせて話し始める。


「それは勿論、朔夜様が妖怪たちの悩み事や困り事を華麗に解決してくださるという話です!」

「え? ……僕が?」

「はい! 女子おなごの恋を成就させたり、悪しき人間にかけられた呪いを解いたり、窮地を救い出したり……それに不思議な力が湧き出る菓子を作り出すとの話も聞いておりましたが……ハッ! もしかして今口にしたこれが、その菓子なのでしょうか……!」

「いや、それはただのわらび餅…「何だか力が漲ってきたような気がします! やはり朔夜様は、噂通りの凄い御仁なのですね……!」


 朔夜の言葉を遮り、自分の言いたいことを一方的に捲し立てている狸吉は、更に目をキラキラと輝かせて朔夜を見つめる。

 疑いなど微動も感じさせない純粋無垢な瞳を向けられた朔夜は、その噂のほとんどが事実無根の尾鰭が付いた話であるとは言い出しづらくなってしまい、ほろ苦い笑みを浮かべる。


「んーっと、でもね、その話にはかなりの語弊が生じてると思うんだけど……」


 やんわりと伝えてみようと試みるが、朔夜の言葉は狸吉に全く届いていないようだ。


 「いえ、そんな謙遜なさらなくても大丈夫です!」と聞く耳を持ってくれない。


「……ちなみに、狸吉くんが解決してほしい悩みっていうのは、どんなことなの?」


 ――もしかしたら、自分でも何か力になれることがあるかもしれない。


 そう考えた朔夜は、まずは詳しい話を聞こうと狸吉に尋ねてみた。

 黙って話を聞いていた真白は、やっぱりこうなるのか、と小さな溜息を漏らしている。


「実は……とある物を、取り返してほしいのです」

「とある物を?」

「はい。私は森に棲まう、雨乞いの神様にお仕えしているのですが、その露神様の所有する骨壺が盗まれてしまったのです。その壺には露神様の長い御髪を保管しておりまして、そこに神力を蓄えておりました故……ここ最近の露神様は、すっかり弱られておいでで……」

「成程……それは大変だね」

「はい、そうなのです。ですので、その盗まれた骨壺を取り返し、盗んでいった犯人を捕らえて頂けないかと思い、こうして訪ねてきた次第です」

「狸吉くんは、その盗んだ犯人に心当たりはあるの?」

「いえ、全く。ただ、遠目に逃げていく後ろ姿を見たのですが……妖ではなく、あれは確実に人の気配でした。朔夜様とそこまで変わらない背丈の……多分、男だったと思います。それ以外のことは分からないのですが……」

「うーん、そっか」


 朔夜が困り顔で思案していれば、見かねた真白が口を挟む。


「探すっつっても、手掛かりも何もねーのに闇雲に探すのは、かなり無謀だろ」


 真白の言葉に、狸吉が素早く反応する。


「いえっ、骨壺の在処の検討なら、大体はついております!」

「え、そうなの?」

「はい! よければ今から、ご案内させていただいてもよろしいですか? 此処からそう遠くはないので」


 顔を見合わせた朔夜と真白は同時に頷き、このまま狸吉に案内してもらうことに決めた。


 そして、家から歩くこと二十分ほどで辿り着いた先にあったのは、朔夜と真白がもう何度も足を踏み入れたことのある、見慣れた建物だった。


「此処って……」

「学校か?」

「はい。微かではありますが、この建物から露神様の神気を感じます。ですが、この建物には結界が張られているようでして……私めは妖力も弱いので、この敷地内に入ることすらできないのです」


 狸吉は悔しそうにそう言うと、ふわふわの尻尾をブンブンと振って地面に叩きつける。


「ねぇ、真白。これって……」

「……あぁ」


 ――鈴木先生が言っていた怪奇現象の件と、何か関係しているんじゃないのかな?


 言葉にはせずとも、朔夜が言わんとしていることを直ぐに察した真白は、険しい顔で頷いて返した。


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