第七十話 直々のお迎え
「一晩お世話になりました」
「あぁ、またいつでも遊びに来いよ。今度はあっちの坊主も連れてな」
「……はい」
夜が明けて、時刻は七時を過ぎたところだ。
家主である酒呑童子と、共にいた茨木童子に挨拶をした時雨は、途中まで送っていくという朔夜と付き添いの真白と一緒に、家の外の長い石段を下っていた。
「お泊りなんて初めてだったけど、楽しかったよ。また来てもいいかな?」
「うん、勿論! またいつでも泊りにきてね」
「もう二度と来んな」
尋ねれば、同時に返ってきた正反対の言葉に、時雨は可笑しそうに笑う。
「ふっ……それじゃあ今度は、葵も一緒に連れてくるね」
「……おい。俺の意見だけ無視してんじゃねーよ」
真白はジトリと睨むが、時雨は楽しそうに笑っているばかりだ。
口には出さずとも、やっぱりこの二人は仲が良いなぁと朔夜がほっこりしていれば、石段の下に人影を見つける。
「ん? あれって……東雲さんじゃない?」
三人同時に視線を向けられた葵は、居心地が悪そうに目を逸らしながら、ボソリと一言。
「そこの馬鹿を引き取りにきた。……世話になったな」
どうやら、時雨が朔夜の家に泊まっていたことは、その気配を辿ってとっくに把握していたらしい。わざわざ迎えに来たのだと分かった時雨は、珍しくその顔をぽかんと呆けさせている。
「……おい、さっさと帰んぞ」
時雨の顔をチラリと見て、けれど直ぐに視線を逸らした葵は、一人で先に歩いて行ってしまう。
「東雲さん! 今度は東雲さんも、一緒に泊まりにきてね!」
朔夜に呼びかけられてピタリと足を止めた葵は、こちらに振り向くことはなかったが、片手を雑にひらりと挙げて反応を示した。
「っ、……葵、迎えに来てくれたなら置いていかないでよ」
漸く我に返ったらしい時雨は、その後を追いかける。
朔夜が最後に見た時雨の顔は――その口許が、嬉しそうに緩んでいた。
「……あの二人、仲直りできるといいね」
小さくなっていく二つの後ろ姿を見ながら、朔夜は穏やかな表情で呟く。
「ったく、ウチは駆け込み寺でもねーっつーの」
口ではそう言いながらも、時雨たちの背を見送る真白の口許が微かに緩んでいることに気づいた朔夜は、堪らず小さな笑い声を漏らしてしまって――真白にジト目で睨まれることになった。
***
「ねぇ、葵」
「……何だよ」
「昨日は言い過ぎたよ。ごめんね」
「……別に。もう気にしてねーよ」
葵は隣を歩く時雨を一瞥して、けれど直ぐにその視線を逸らす。
昨晩の言い合いをまだ気まずく感じているらしいことが、その雰囲気からひしひしと伝わってくる。
「葵、朝食はもう食べたの?」
「……まだだけど」
「それじゃあ買い物して帰ろうよ。ボク、久しぶりに葵が作ったホットケーキが食べたいな」
「……まぁ、いいけど」
「あの歪でちょっと焦げてるのが、手作り感があっていいんだよね」
「っ、オマエは、一言多いんだよ!」
いつもの調子で噛みついてきた葵の姿を見て、わざと軽口を叩いた時雨はクスクスと笑い声を響かせる。
「ほら、早く行こ」
「……ったく、仕方ねーな」
小さく息を吐き出した葵は、隣で楽しそうに笑っている時雨を今一度見遣る。
その表情や纏う雰囲気が、昨晩とかがらりと変わっていることには、とっくに気づいていた。憑き物が落ちたような、すっきりした顔をしている。
――きっとまた、あの馬鹿が付くほどのお人好しが、お節介を焼いてくれたのだろうな、と。
そんな思考に行き着いた葵は、自分でも無意識に唇をほころばせていた。
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