第3話


「兄ちゃん」

 道を曲がってしばらくすると、拓斗が恐る恐るという感じで話しかけてきた。拓斗の方に目をやると、どうも振り返って女の方を凝視してるようである。


「しっ! 振り返るんじゃありません。………付いてきてた?」

「いや、付いてきてはないけど、立ち止まってこっちみてる。…よかったの? あの人がさしてる方向じゃないけど」


 俺も少し振り返ってみると女は棒立ちで此方を見ていたが、またすぐに辻道で足踏みを再開した。


「地図アプリ見ると婆さんの家は鴫の中でも真東にある。あの女が指さした方向は西だった。あの指さした道の先には何があったのかね?」

 そのまま拓人の手を引いて歩いて五分程度歩いていると住宅街に繋がった。不思議に思って振り返ったら行き止まりである。


「あんた達、何処から出てきたん?」

 見れば邸宅の前で打ち水でもしていたのか、バケツと柄杓を持ったおばさんに話しかけられる。その顔には多少の驚きがあるようだった。

「どこ、何処でしょうね。そもそもここは何処ですか?」

 今度こそ、ちゃんとした人に遭遇して適当に事情を話す。



「──つうわけなんですけど」

「ありゃ、それは大変じゃったね。ここらへんはそういうの多いんよ」

 おばさんは俺らの話を特に不審がることもなく、すんなり受け入れた。田舎だからだろうか。都会でこんなこと言ったらお巡りさん呼ばれるよな。


「それって、よーかいが多いってことですか?」

「そうだよ、じゃけぇ気を付けんさいや、えーっと…」

「たくと!」

「たくと君ね。かわいいわー。飴あげちゃろうか」

 そう言っておばさんはエプロンのポケットから飴玉を取り出す。

「良かったな、拓人。ちゃんとお礼して」

「ありがとうございます」

 拓人は受け取った飴玉を片手でぎゅっと握り締めた。溶けない、それ?


「…あ、それで稲生家まではどうやって行けばいいですか?」

「あぁ、稲生さんとこね、ここからは近いけど……ちぃと待ちんさい。ウチの暇してるのに案内させるけぇ」

 そこまでしてもらわないでも、と言おうとしておばさんは既に玄関から人を呼んでいる。

「優子ー! 来んさーい!」

 遠くから「何―?」という女性の声がする。

「いいからはやくー!」

 家の中からジャージ姿の女性が出てきる。黒髪のポニーテールで俺より四、五歳程年上だろうか。


「この子ら稲生さんとこのお孫さんなんやけど、あんた稲生さん家まで案内してあげて」

「え」

 ジャージ姿の女性は嫌そうな顔をしているが、おばさんは気にすることもなく俺らの方に向き直る。

「こんにい優子、私の娘。一応鴫神社の巫女なんやけど、日中は大抵暇しとんのよ。ほら優子、この子らここに来るまでも危ない目にあっとるらしいけぇ、お願いね」

 そういうとおばさんは玄関の傘立てに突っ込まれていたらしい木刀を取り出して、ポンとジャージ姿の女性に手渡す。女性はサンダルを履いて面倒そうに出てくる。

「あっづぅ………たいぎいわ」

 紺のジャージの胸元に「柏 優子」と白字で刺繍されている。


「私、優子。君高校生? 優子さんって呼んでもええよ」

「…あ、よろしくお願いします。俺は祥太郎です。こっちは弟の拓人」


 おばさんに飴を貰った時と打って変わって拓人は俺の足を掴んで後ろに隠れている。目線は優子さんの持つ木刀に注がれていた。


「こまいねぇ。…コレ気になる?」

 拓人の視線に気付いてか優子さんは木刀を掲げてみせた。拓人がコクンと頷く。俺も気になる。

「ま、御守りみたいなもんよ。魔除けね。魔除け。不審者も退治できる優れもの。…じゃあもう行こうか」

「お願いします」

 俺と拓人は優子さんに先導されて歩き始めた。


「盆には少し早いと思うけど」

「え、あぁ。越してきたんです。……これからもよろしくお願いします」

「ほーん。よろしく」


 ……なんか、気まずいな。俺も初対面の人と話すの得意じゃないし、拓人もしっかりと人見知りしている。相手がそれなりの美人というのもあるかもしれない。学校のジャージ姿だけど。

 鴫のことやら、巫女さんなのに日中が暇っていうのはどういうことか聞いてみたかったがイマイチ勇気が振るわない。


 そこから会話は途切れて三分くらい沈黙しながらただ道を進む。丁字路を突き当たり右に進むと見覚えのある道に出た。


「あ、ここ。意外に近かったんですね」

「そうじゃね。ご近所さんじゃ」

 近所かどうかはわからない。狭い村の中では皆ご近所さんなのかもしれない。



 坂道を上って邸は見えた。木製の門戸の前には日傘をさした和装の女性が一人立っている。


「あ! ばあちゃん!」

 見知らぬ地で知ってる人間に会ったせいか、拓人は背負ったリュックをガチャガチャ鳴らして駆けていく。


 婆さんは笑って俺たちを迎えいれた。

「来たね、ガキ共! …あら優子ちゃんまで」

「お孫さんが行きしな危ない目におうたらしいけぇ、道案内」

 婆さんは問子さん理由を聞くと苦笑した。

「そりゃあ、ありがとうね。上がってくかい」

 問子さんはゆるゆると首を振った。

「そうかい、じゃあ本当にありがとうね」


「おう拓人、見ないうちに大分大きくなったね。良い子にしてたかい?」

「うん! ぼく超いい子だよ!」

「そうかそうか。暑かったろう? 麦茶が冷えてる」

 婆さんはそう言って敷地内に入っていく。拓人もそれについていった。


「あ、じゃあ、ありがとうございました」

 俺は優子さんに向き直って今日何度目かのお礼の言葉を言う。

「あぁ、祥太郎くんスマホ出して、連絡先交換しよう」

「え?」

「何お姉さんとラインするのヤ?」

 優子さんは真正面から俺の顔を覗き込むように上目遣いで不敵に笑う。カワイイ。

 からかわれているのだろうか。木刀担いで名前刺繍入りのジャージ姿にサンダルじゃなければ危うく惚れていたかもしれない。

「嫌じゃないです」

 スマホを出しながら、答える。

「ん。……またなんか変なことあったら連絡してね。ほいじゃ」


 暫く優子さんの去っていく後ろ姿を眺めていると婆さんの声がする。

「何してんだい、祥太郎。熱中症になるよ」

「あぁ」

 そうして俺は暫く暮らすことになる家の中に入った。

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