拾伍話「伝える者」

 「必ず伝えてくれ。彼らの戦いを。」

正義はフルフルと震えた手で私の右手を握ってそう言った。

永く生き抜いてきた彼ももうその時を終えるのだろう。

館浜正義は人を愛し人に愛されてきた。

私も彼には感謝している。

そんな彼が最後の瞬間になる直前、人払いをしてまでも私に頼んできた。

私の答えも一つしかない。

「もちろんです。必ず後世に伝えましょう…!」

彼は優しく笑うとそのまま眠りについた。


 見たことがない程大きな屋敷は悠然と目前に構える。

想像しやすいような、しにくいような、考えていたそのままの豪邸がそこにはあった。

「………でか。」

「………な。」

流石に初めて見た二人は感想もまともに出てこない。

しかもこれからここに入るのだ。

高校入試より緊張する。

「ほら!なにしてんの二人共。行くよ。」

曽祖母の家とあって宙美はスタスタと入っていった。

「………まじか。」

美宙と宇野は目を見合わせ意を決して足を踏み出した。


 「正子様はこちらにいらっしゃいます。」

仰々しい紋様の彫られた木製の廊下をきびきび案内される。

「……アオイの事「お嬢様」っつったぞ。」

「つか廊下なげーよ。」

外から見ても大きな土地だったが室内の方が広いのではと思われる程三人は廊下を歩いていた。

これが大富豪のパラドックスか。

などと馬鹿な事を考えていると案内役の女性が扉の前でピタリと足を止めた。

「……こちらに。」

既に何か異世界に来たような雰囲気に美宙と宇野の緊張は最大値に達そうとしていた。

しかし宙美は気にせずドアを開けて入っていく。

「正子お祖母様!久しぶり!」

ドアを開けた先にはそれなりに広い部屋、しかしそれほど華美な装飾はなく印象的にはお屋敷に似つかない地味な部屋があった。

その窓際で一人の女性は座る。

「あら。アオイちゃんね。いらっしゃい。」

ゆっくりとした口調。しかし聞いていられる声。

百歳を超える年齢と聞いていたがそうは思えない程にどこか優しく力強い雰囲気を放つ女性だった。

 正子はニッコリと笑って美宙と宇野を見た。

「二人もいらっしゃい。こっちに座っていいのよ。」

「あ…ありがとうございます。」

隠しきれない緊張のまま二人はゆっくりと正子の対面に座った。


 早速、宙美は話を切り出した。

「正子お祖母様。今日はお祖母様に聞きたい事があってきたの。」

正子は優しい目で美宙を見る。

「ええ。なんとなく聞いているわ。」

そんな正子がおもむろに取り出したのは一枚の写真。

白黒で時代を感じさせる。

「これは?」

宇野は美宙と共に顔を覗かせる。

「これはこの縦浜の初代市長で、私のお師匠でもある館浜正義さんよ。」

写真には三、四人の男女が写っており、その中心にいる人物を指差した。

しかし何故か美宙はその館浜正義の横に立つ人間に興味を示した。

「こっちの人は誰ですか?」

美宙が館浜以外に興味を示す事を分かっていたかのごとく、正子は真っ直ぐと答える。

「こっちの人は小塚空。私も会ったことはないけれど、セイギさんが最愛の友と言っていた人よ。」

宙美と宇野は顔を見合わせる。

美宙は二人を一瞥して身を乗り出して正子に聞いた。

「お、俺達この小塚空って人について聞きたいんです!」

どう説明しようか思案しながら美宙は続ける。

「俺最近変な夢を見るんです。えっと、なんか俺は一人の侍で、戦に出ててそこで戦ってるんです。けどいつも最後には同じ奴と斬り合って目が覚めるんです。」

正子は優しい目で話を聞く。

「そんで気になって夢と同じ場所に行ってみたらなんか小塚空って名前見つけて……そしたらアオイが正子さんなら知ってるかもって……!」

忙しなく話す美宙の話を聞き終え、正子はボソリと呟く。

「約束を果たす時が来ましたね……。」

正子はただ静かに、ゆっくりと話し始めた。


 「明治二十年。後に縦浜と呼ばれるこの地である戦があったの。」

宙美は首を傾げる。

「そんなの聞いた事ないよ?」

正子は頷いて続けた。

「その戦いは歴史には残っていないのよ。黒郎という人がそう望んだから……。」

三人はじっと話を聞く。

「あの戦は知られてはいけないモノだった……そう。決して【英雄】は生まれない戦い。彼らはそれをわかっていて集った。」

まるで見てきたかの様に語る口調。

恐らくそれほど鮮明に館浜正義から聞いたのだろう。

「明治十六年。二人の男が立ち上がった。一人は沖田 天オキタ テン。武士の世の終わりを憂い、武装蜂起を掲げて国内最後の内戦を起こそうとした人。

もう一人は小塚 黒郎コヅカ クロウ。武士の世の終わりを悟り、その戦を世間に知られることなく終わらせる事にした人。」

「沖田天!石碑にあった名前!」

「小塚…?」

正子は頷く。

「二人の人間の意思がぶつかり合うその戦を正義さんは【日陰の戦い】と呼んだわ。」

「【日陰の戦い】……。」

「それが…!俺が見た夢の戦い…!正子さん!教えて下さい!その戦いはどんな戦いだったんですか!」

美宙は食い気味に正子の話に食いつく。

正子も話の続きを話そうとしたがピタリと口を止めた。

突然話を止めた様子に宙美は首を傾げる。

「………直接……見に行ってみない?」

不思議な提案に宇野は眉をハの字に傾けた。

「どういう事ですか?」

正子は優しく答える。

「あなた達の知りたがっている小塚空という人、彼は正義さんと京都で初めて出会ったらしいわ。」

ゆっくりと身体の力を預けるように背にもたれる。

「まずは何故その戦いが起こったか知りましょう。京都へ行ける様に手伝うわ。そこに正義さんと小塚空さんが出会った軌跡がある……。行ってみましょう…!京都へ。」

トントン拍子に進む話。

このパワフルなところは宙美と似てると美宙は思った。

そしてそのパワフルさに行動力と財力が加わるとそれはもう、驚く程に話が進むのだ。

「え…あ、はい。」

その一週間後、何故か三人は京都にいた。

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空の青さを知らぬ侍は澄んだ雲の白さも知らない アチャレッド @AchaRed

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