第89話 キャラメル

「もう春ね」


 気温も十二、三度になっており、草木も伸びてきている。冬は完全に終わりだわ。


 朝のウォーキングも気持ちよく、空気も清々しくなっている。服も春服にしないと汗をかいちゃうわね。


「別館、とうとう館より大きくなっちゃったわね」


「はい。どちらが本館かわからなくなりました」


 傀儡の指輪にも馴染み、新しい人格が育ちつつあるコノハ。まだ十八なんだから幸せになって欲しいわ。


「別館って、日当たりはどうなの?」


「とてもいいです。朝日の眩しさに起きてしまいますが」


 まだ遮光カーテンなんてないしね。朝日を防ぐなんてできないでしょうよ。


 川沿いを歩いていると、橋を造る作業をしていた。


「ご苦労様。朝早くからやっているのね?」


 川の向こう側に職人の家を造るとかで、通い用の橋を造るとは報告は受けている。けど、まだ六時過ぎ。作業を始めるには早いでしょう。


「職人を募ったので、今のうちに造っておこうってことになったんです」


 川の向こうを見れば家が結構建っていた。相変わらず作業が早いわよね。この分では橋も一月もかからず造ってしまいそうね。完成したら強化の付与を施しましょうか。


「無理せず、怪我のないようにね」


 職人たちに声をかけて上流に向かった。


 数日前より草が伸びており、春の山菜ってあるのかな~? なんて考えながらさらに上流に。またパンダ──ゴーギャンが現れた。


「年に一回は見るものなのかしらね?」


 今回は親子だ。冬眠明けなのか、去年見たのより痩せ細っていた。


 ジェンとマリアナがすぐに飛び出し、コノハがわたしを守るよう前に立った。


 飢えているようでゴーギャンの親は逃げることなく二人に襲いかかるが、二人の剣には素早く動ける付与を施してある。ゴーギャンの懐に入って首を斬り落とした。


「ジェン! 子は捕らえて!」


 首を斬り落とそうとするのを止めさせた。


 暴徒鎮圧用に渡した雷の指輪で気絶させ、首をつかんで運んできてきれた。


「お嬢様。どうするのです?」


「ちょっと実験に使おうと思ってね」


 豪腕の指輪を発動させてゴーギャンの首根っこをつかんだ。


「帰りましょうか。マリアナ。兵士に伝えてゴーギャンを片付けさせて。あと、皆に警戒するように伝えてちょうだい」


 ウォーキングは止めて館に戻った。


 ゴーギャンが現れたことで仕事は一時中断させ、館の周辺を見回らせ、山狩りを行うことになった。


 そちらは兵士たちに任せ、わたしはお風呂場に向かってゴーギャンの子を洗ってやった。


「お嬢様、わたしがやります」


「いいのよ。わたしにやらせて」


 コノハがやろうとするのを制して洗うのを続け、ゴーギャンの子を綺麗にさせた。


「もしかして、飼おうとなさっているのですか?」


 脱衣場でタオルで拭いていると、ラグラナ現れてそんなことを口にした。さすがわたしの世話役としてやってきただけはある。すぐに察せられたわ。


「ええ。猛獣を飼い慣らせるか実験したくてね」


「なんのためにですか?」


「そんな状況がやってきたときの備えよ」


 無駄なことでも仕込んでおくからこそ「こんなこともあろうかと」って言えるのよ。


 風の指輪と火の指輪を併用して熱風を出して乾かしてやり、終われば部屋に運んだ。


 錬金の壺で知恵向上と精神支配の首輪を創り出してゴーギャンの子に取りつけた。


「名前がないのも可哀想ね。うん。キャラメル。あなたはキャラメルよ」


 白と黒ではなく、白と茶色なのでキャラメルとさました。あ、砂糖があるんだし、牛がきたらキャラメルを作れるわね。


 なんてことはあとにして、キャラメルを長椅子に寝かせ、毛布をかけてあげた。


 服を着替えて朝食を済ませて戻ってかたらキャラメルが目覚めており、キューキュー鳴いていた。


「アマリア。山羊の乳をもってきてちょうだい」


「畏まりました」


 キューキュー鳴くキャラメルに触れると、さらなキューキュー鳴き始めた。


 まだ獰猛な血は現れてないようで、震えながらキューキュー鳴いている。


「大丈夫よ。怖くない怖くない」


 優しく語りかけながら安心させるように体を撫でた。


 精神支配の効果か、徐々に震えは収まり、キューキューがキュッキュッと鳴き出した。これは、落ち着いてきたってことかしら?


「お待たせしました」


 アマリアが持ってきてくれた山羊の乳を皿に移してキャラメルの前に置くと、お腹が空いていたようで、勢いよく飲み出した。


「皿じゃ飲み難いみたいね」


 まだ授乳期間中なのかしら?


 また錬金の壺で哺乳瓶を創り出し、山羊の乳を入れて飲ましてみたらチューチューと勢いよく飲み干してしまった。


 ゲフとゲップしたら気絶するように眠りについてしまった。


「よほどお腹空いてたのね」


 やはり産まれたばかりみたいね。ゴーギャンって春に出産する生き物なのかしら?


 山羊の乳で汚れた口を拭いてやり、暖炉の前に運んでやった。


「ごめんね。あなたの母親を殺してしまって。今後はわたしが面倒見るから許してね」


 なんとも傲慢なセリフだけど、強者だから許される傲慢である。だけど、強者の責任はちゃんと果たすわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る