第65話 アイス

 さて。午後からは従兄弟たちの相手をしましょうかね。なにがしたいです?


「モルチャカに乗りたい!」


 と、真っ先にマーグ兄様が手を挙げた。


「随分とやる気に満ちてますね? 乗馬の類いは嫌いだと思ってましたわ」


 インドア派だと思ってたけど、意外とアウトドア派でした?


「乗馬はあまり好きではないが、モルチャカは乗ってみたい。馬より賢そうだ」


 賢いのはわたしの知能向上のせいね。おそらく、モルチャカは馬より知能はないはずよ。


「まあ、乗りたいのなら構いませんが、まずは仲良くなることからしたらいいですよ。その間にマーグ兄様の騎乗服を作りますから」


「よろしく頼む。仲良くとはどうしたらいいんだ?」


「そうですね。まずはエサを与えたり世話をしたり、ですかね? あと、朝、二匹を連れて散歩してますから付き合ってみるのもよろしいかもしれませんね」


 基本、二匹は人に慣れているけど、信頼する関係になるには一緒にいることが一番でしょうよ。


「そうか。では、世話をしてくる」


 どんだけ気に入ったのか椅子を蹴って食堂を飛び出していってしまった。


「なにかあった?」


 一緒にいたレアナに尋ねてみた。


「マーグ兄様の琴線に触れる姿みたいですよ」


 琴線? 鳥好きだったのかしらね?


「まあ、いいわ。マーグ兄様の好きにさせておきましょう。レアナはなにかしたいことある?」


 できることでお願いね。


「お菓子作りしたいです!」


 お菓子作り? また貴族の令嬢が口にしないことを言ったわね。なにかそうなることがあったの?


「わたし、お菓子の家を作ってみたいんです」


 お菓子の家? ヘンゼルとグレーテルの話が原因かしら?


「それは楽しそうね。じゃあ、まずはクッキーから作りましょうか。それならわたしも作れるからね」


 まあ、ガイルやナディアに教えるために作ってみせた以来だけど、今は器材も材料もいいものが揃っている。オーブンもわたしの付与を施したもの。八歳の女の子でもそれなりに作れるでしょうよ。


「マーナ。ナディアに厨房を借りれるか尋ねてみて」


 女性が多いだけにお菓子の消費量はとんでもない。砂糖なんて馬車一台買うほどだ。だから、館のお菓子を一手に担うナディアは大忙し。今もなにかを作っているんじゃないかしらね。


「お嬢様。オーブンはすべて使っていて、コンロが一つ空いているだけだそうです」


 オーブンは四つあるのにすべて使っているのか。よく一人で回せているわよね。人手、足りているのかしら?


「仕方がないわね。ここで作りましょうか。マーナ。悪いけど、羊乳と砂糖、卵、クノコの葉、チョコレートを持ってきてちょうだい。アマリア。部屋から適当な深皿を持ってきて。なんでも構わないから」


「お姉様、なにを作るんですか?」


「アイスよ」


 夏は羊乳と卵が手に入らなくて作れなかったけど、今はすべてのものが揃っている。お風呂上がりや暖かい部屋で食べるアイスは格別なんだから。


「アイスですか?」


「とっても美味しいものよ。王都の有名料理店では出るそうよ」


 なんかそんな話を聞いたことがあるわ。街の料理店なんて貴族の令嬢が軽くいけた場所じゃないけどね。


 用意してもらったらメイドのエプロンをかけた。あとで、わたし用とレアナ用のエプロンを作ってもらいましょう。


 アイスの作り方は知ってはいるけど、作るのは生まれて初めて。計量とかわからないから目分量といきましょう。


 レアナに材料を教えながら深皿に入れていく。


 すべてを入れたらかき混ぜる。あ、濾すの忘れた。でもまあ、深皿に振動の付与を与えてオッケーにしておきましょう。


「これで完成なんですか?」


「いいえ。ここからが本番よ。レアナ。この皿に手を当てて魔力を流してみなさい。ゆっくりとよ」


 冷気の付与を施したので、発動する魔力をレアナにやらせた。


「……冷たい……」


「ええ。お皿の中が冬のようになっているのよ。レアナは氷が張っているのを見たことある?」


「はい。わたし、氷を割るの好きです」


 ふふ。世界が違えど子供はどこでも同じなのね。


「わたしも好きよ。そうだ。スケートでもやりましょうか」


 せっかくの冬だし、スケートなんて楽しいかもね。


「スケートですか?」


「まあ、それはあとね。そろそろできそうよ」


 皿の中が固まってきた。匂いはしないけど、いい感じにできたっぽいわ。


 スプーンで表面を叩くと、中央がちょっと固まってなかった。もっと均一に冷やすように改善しないといけないわね。


 スプーンでアイスを掬って小皿に盛る。


「レアナ。食べてみなさい。あ、冷たいからまずはちょっとよ」


 はいと、小皿を渡した。


 ちょっと不安そうにしていたけど、わたしの笑顔に覚悟を決め、ちょっと掬って口に入れた。


「────」


 目を広げてびっくりしている。


「フフ。美味しいでしょう」


「はい! 冷たくて甘くて美味しいです! わたし、これ好きです!」


「それはよかったわ。でも、食べすぎはダメよ。お腹が痛くなっちゃうから」


「我慢できるかわからないけど、気をつけます!」


 こちらで抑えてやらないとダメね~と考えながらわたしも小皿にアイスを盛って一口。まあまあのできね。


「美味そうなものを食っておるの」


 また気配もなく現れるコノメノウ様。ほんと、心臓に悪いお方よね。


「コノメノウ様もどうぞ」


 小皿に盛ってやって渡した。


「アイスか。久しぶりに食すの」


 やはり食べたことがあるか。なにも尋ねず食べたから口にした経験はあるんだろうと思ったわ。


「ブランデーをかけるとさらに美味しいですよ」


 ラム酒のほうがいいんでしょうけど、酒飲みならブランデーでも構わないでしょうよ。


「ほぉう。それは試したくなるのぉ」


 自分で小皿にアイスを盛ると、素早く食堂を出ていってしまった。


「アマリアもマーナも食べてみなさい」


 まだ半分以上ある。レアナに全部食べさせるわけにもいかないし、皆で食べちゃいましょう。


 次はコーヒーフロートでも作ってみようかしらね。

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