第49話 モノクル
部屋にやってきたアマデア商会の者は二人。四十半ばの男性と三十前半の男性だ。
四十半ばの男性は、いかにも商人な雰囲気を持ち、三十前半の男性は特徴がない人だった。
「……あからさまよね……」
三十前半の男性を見て、つい心の声を吐露してしまった。
「あ、あの、なにか不始末を致しましたか?」
「いえ、なんでもないわ。待たせてしまってごめんなさいね」
四十半ばの男性に目を向けて遅れたことを謝罪した。
「あ、いえ。お忙しい身。こうしてお会いいただいただけで光栄です。わたし、アマデア商会の主、ラデガルと申します。この地で商売をさせていただくために挨拶に参りました」
「それはご丁寧に。当主自らきていただけるとは思わなかったわ。知っていたらお迎えもしたのに。本当にごめんなさいね」
そういう大切なことは手紙に書いててよ。とんだ失礼をしたじゃないのよ。
「いえ、ナナオビ様の対応をしなければいけないのです。わたしどもなど気にしている場合ではありません。それどころかこんなに早く面会できたことに驚きです」
言われてみれば確かにそうよね。相手はこの国の守護聖獣様。放置しているわたしがどうかしているのよね。
……もう三日は放置したままだったわ。ちょっと様子見にいかないとね……。
「コノメノウ様はあれこれされるのがお嫌いのようですからね。飽きるまでは自由にさせているほうがいいわ」
まあ、コノメノウ様としてはそれだけじゃないでしょうけどね。適度で構わないはずよ。
「で、そちらは?」
三十前半の男性を見た。
「この地で支店を任せるロイヤードです」
「ロイヤードです。なにかあればすぐにお呼びくださいませ。全力でチェレミー様のお役に立つよう働かせていただきます」
もうちょっと他にいなかったのかしら? 完全に王宮からきたと言っているようなものじゃない。隠す気ないじゃない。裏の人間ですって主張しているものじゃないのよ。
「そう。なにかあればラグラナを通してお願いするわね」
ラデガルがロイヤードの正体を知っているかわからない。下手に言っても困るでしょうからラグラナの名前を言っておいた。
ロイヤードは表情を変えることはなかったけど、深々と一礼して「はい」と答えた。
表情を隠すとか、暗殺者系ではないっぽいわね。立場的に課長レベルかしら?
「ラデガルはすぐに帰るのかしら?」
「いえ。春までおります。店の建築や商売を軌道に乗せる必要もありますので」
隠れるにしても隠れられるだけのものを作らなくちゃならない、か。なかなか大変なものよね。
「そう。なら、時間があれば夕食に招待するわね。もちろん、ロイヤードもよ。なんなら奥様もどうぞ。長い付き合いになるでしょうからね」
王宮との繋がりがあるならわたしともこの先長く付き合うはず。なら、しっかりとアマデア商会を知っておきたいからね。
「ありがとうございます。そのときは是非。妻も喜ぶでしょう」
今日の顔合わせはそれで終了。二人が帰ったらマクライ、ローラ、ラグラナを部屋に集めた。
「ラグラナ。二人にはどこまで説明したかしら?」
マクライもローラも長いこと貴族社会で生きてきた。なんの説明を受けてなくとも状況は察しているでしょうよ。
「話せることはすべて話しました」
話せないことは話してないってことね。やはり、アマデア商会の担当はラグラナに決定ね。
「マクライ。ローラ。これから厄介なことをお願いするようになるけど許してちょうだいね」
「お気になさらず。お嬢様を支えるのがわたしどもの役目でございます」
「はい。お嬢様だけで抱えずわたしどもにお話ししてください」
いい配下を持ったものだわ。お父様やお兄様には申し訳ないけど。
「ありがとう。あなたたちに出会えたことがわたしの幸福だわ」
自分で考えて動いてくれる配下がいる。これを幸福と言わずなにを幸福と言う。味方が心強いって、こんなに頼もしいものだとは思わなかったわ。
「この命尽きるまでお嬢様のお側で支えさせていただきます」
「わたくしも」
「ふふ。ちゃんと後継者は育てておいてね。あなたたちがいなくなったらわたしは生きていけなくなっちゃうじゃない」
自分一人でも生きていけるようにはしていくつもりだけど、二人のような配下がいないとなると山奥での隠遁生活になっちゃう。わたしは文明があるところでゆっくり清潔にスローライフを送りたいわ。
ラグラナだけ残し、マクライとローラは下がらせた。
「誰? ロイヤードを選んだのは? あかさらさますぎるでしょう」
典型的、と言っていいかわからないけど、わかる人が見れば怪しいとわかるでしょうに。
「見抜けるのはお嬢様だけです。なぜわかったのですか?」
「逆になんでわからないと思ったのよ? 隠したいのならもっと色をつけなさいよ。目立たなすぎて逆に目立つわよ」
十人いたら六番目か七番目に気づく存在とか真っ先に怪しむところじゃない。本気で隠したいなら一番目にしなさいよ。ロイヤードがいなかったらラデガルを真っ先に疑っていたわ。
「お嬢様は心眼でもお持ちなのですか?」
「あ、心眼、それは思いつかなかったわ」
生活向上ばかりに意識がいってたけど、鑑定の付与をモノクルにするのもいいわね。左目にしたら多少なりとも火傷を隠せる。
火傷で視力が落ちたと言っとけばかける理由になるでしょうよ。幸いにしてこの世界、眼鏡が発明されているし。
「まあ、今さら変更するのも変でしょうから、ロイヤードには注意しておきなさい」
王宮との窓口に立つのは誰でも構わない。おっぱいさんなら大歓迎だけど。
ラグラナも下がらしたらコノメノウ様の様子を見に部屋を出た。
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