第47話 コノメノウ・ナナオビ

 今年一番の寒さが訪れた日。王都からメイドとマラデア商会の者がやってきた。


 なかなかの大所帯だこと。馬車八台でやってくるとはね。よくあの短期間で用意したものだわ。


「ローラ。メイドは任せるわ。マクライはマラデア商会をお願いね」


 わたしは守護聖獣様のお出迎えをしなければならないのよ。


 まさか本当に一緒にくるとはね。もうちょっと段取りってものを考えて欲しかったわ。準備期間、十日もなかったじゃないのよ。


 この国で守護聖獣を知らない者はいない。建国記にも出てくる存在だし、小さい頃から教えられる存在でもあるからね。


 けど、その姿を見た者は限られる。伯爵たるお父様でも記念式典等で遠くから見るくらい。令嬢たるわたしでは絵で見るのが精々だわ。


 一台だけ豪奢な馬車の前に向かい、片膝を地につけて頭を下げた。


 相手は王族以上の存在であり、神に匹敵する存在でもある。土下座お迎えしても畏れ多い方なのよ。


 そんな存在を伯爵令嬢の隠遁場所に連れてくんなや! なんて叫びたいけど、権力者には勝てない身。受け入れる一択しかないのよ。


 ガチャっと音がして魔力の圧が上がった気がした。


 少し前から強大な魔力は感じていた。一級や特級の比ではない。バケモノと呼ぶのもおこがましい。神代の存在だわ……。


「……そなたがチェレミーとやらか?」


「はい。チェレミー・カルディムでございます」


 なにか、アニメ声なお方ですね?


「わしはコノメノウじゃ。世話になるぞ」


 ──コノメノウ・ナナオビ。七つの尾を持つ妖狐。それがこの国の守護聖獣だ。


 そこは竜じゃないんかーい! とか昔は思ったけど、国の成り立ちとかそれぞれ。ファンタジーな世界に突っ込んでも仕方がない。そうだと言うならそうなんだ~と納得しておけばいいのよ。


 そこでやっと顔を上げ、その姿を見た。


 妖艶な美女──ではなく、ロリなロリロリっ子だった。あら可愛い。


「コノメノウ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 美女なおっぱいなら我を忘れたかもしれないけど、ロリなロリロリっ子では気持ちが下がるだけ。わたしの爆乳妖狐を返して欲しいわ。ぷんぷん。


「……そなた、なにか急に気持ちが冷めておらんか?」


 ヤダ。コノメノウ様は空気が読めるロリなロリロリっ子様なのね。気をつけないと。


「いえ、冷静になっただけでございます。お部屋を用意しております。まずは旅で冷えた体を温めてくださいませ」


 荷物はお付きの……者はいないのかしら?


「コノメノウ様だけでしょうか? お付きの方はいらっしゃらないので?」


「巫女どもは置いてきた。あれこれとうるさいのでな」


 ヨーロッパ風味の世界に巫女ですか。なんのチャンプルファンタジーなのかしらね?


「そうなると、自分のことは自分ですると言うことでしょうか?」


 パンツ、一人で穿けますか? と言うか、パンツ、穿いてます? ノーパンとかですか?


「そうだな。まあ、部屋と食い物は用意してもらえれば適当で構わぬよ」


 随分と思い切ったことすること。死期が近いのかしら?


「わかりました。では、こちらです」


 ロリなロリロリっ子コノメノウ様を部屋に案内する。


 要望もなく、普通の部屋で構わないとのことだったけど、守護聖獣様に普通の部屋を使ってもらうわけにはいかない。


 なので、この冬、わたしが使おうとしていた日本間を譲ることにした。


「……変わった部屋じゃの……」


 床に絨毯を敷き、炬燵と火鉢っぽい壺、職人に作ってもらった茶箪笥を置き、クッションを並べてある。


「一応、もう一つ用意しましたが、ゆっくり過ごしてもらうにはこちらがよろしいかと思います」


 もう一つの部屋は、この世界の一般的な部屋。代わり映えしない部屋だ。どちらかを譲るとしたらこちらでしょうよ。


「まあ、ここで構わぬ。いや、ここでよい。よくよく見れば趣があってよいな」


 炬燵を捲ったり火鉢を覗いたりして部屋を探索している。


「これはなんじゃ?」


 茶箪笥を開け、中に入れていた清酒やブランデー、シードルの壺を取り出して不思議そうに見回している。


「コノメノウ様がお酒が好きだと聞いたので、いろんなお酒を用意しておきました。その下には軽いお菓子を入れておきました」


「これ全部、酒か?」


「はい。お好みのがあればおっしゃってください。多目に用意しておきますので」


 食事はあまり気にしないお方ではあるけど、お酒にはうるさいとのこと。お妃様に贈った甘酒を持っていかれたとも手紙に書いてあったわ。


「そうかそうか。こんなに用意してくれていたとは嬉しいのぉ。どれ、味見味見」


 本当にお酒が好きなようで、封を切ってラッパ飲み。いや、味見ってレベルではないですよね?


「これぞこれぞ! わしの求めていたのはこれぞ!」


 どうやら清酒がお好みのようね。わたしの予想では香りのよいブランデーのほうが好みだと思ったんだけどな~。違ったか。


「それには甘口、辛口がございます。花の香りのものや果物の味がしたりと千差万別。冷やすのも温めるのもまたよろしいものです」


 わたしは熱燗が好きだわ。そのために温める火鉢を置いたのよ。


「千差万別の味か。それは楽しみじゃのぉ」


「ただ、そのお酒の材料は帝国から運ばれてくるもの。この国にはない穀物で作られております。帝国となにかあれば流れてきません。定期的に流れてくるようコノメノウ様のお力をお借りいただければ幸いです」


「政治にはあまり口出したくないが、流れてこないのは困る。わしにできる範囲で力を貸そう」


「それで充分でございます。それと、この部屋はコノメノウ様の魔力を吸う仕掛けとなっております。よろしいでしょうか?」


「構わぬ。吸ってくれるならちょうどよい。魔力を溜め込むと体調が悪くなるからのぉ。どんどん吸うがよい。なくなれば寝るだけじゃからの」


 人間と違い、なくなったら死ぬってことはないのね。さすが聖なる獣ね。と言うか、今は人化しているってことかしら?


「うむ。これが好きじゃ。多目に用意してくれ」


「畏まりました。なにか摘まむものをご用意致しますか?」


「そうじゃの。頼む」


 炬燵に入って本格的に飲み始めたので、わたしは部屋を静かに出た。

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