第39話 グリムワール

 叔父様との話し合いが終わったらブランデーの試飲会。と言っても飲めるのは叔父様だけだから試飲のほうが正しいわね。


「酒精は強いが、なかなかいい味だ」 


 どうやら気に入ってくれたみたいね。用意した甲斐があるってものだわ。


「叔父様。次は氷を入れて飲んでみてください」


 氷を創る壺から丸い氷をグラス(錬金壺で創りました)に入れて飲んでもらった。


「ほぉう。こうも味が変わるとはな」


「どちらがお好みですか?」


「そうだな。香りを楽しむなら氷なしだが、飲みやすいのは氷入り。どちらも甲乙つけがたいな……」


 やはり叔父様はお酒がわかる人だわ。


「ふふ。ブランデーはいろんな顔を持っています。お湯で割るのもよし。水で割るのもよし。蜂蜜を入れたりするのもいいです。叔父様の好みを見つけてください。気に入ったのならすぐに用意しますから」


「よいのか? これはかなり高額なのでは?」


「ワインよりちょっと高いくらいですね」


 いや、ワイン樽がいくらか知らないけど、一樽金貨一枚は安いでしょう。蒸留する手間があるんだから。マゴットが買えたのはまだ若いから。熟成してたら何倍も高くなっているはずだわ。


「これはどのくらいあるのだ? 贈り物にしたいのだが」


「樽二つあるので、その瓶にしたら百は問題ないかと。ただ、瓶がないので十本が精々ですね」


 この時代、瓶はまだ高価なものだ。中身より器のほうが高かったりするのだ。


「城にある瓶をいただけるのならもっと用意できますよ」


 お酒好きなだけに瓶入りのお酒はあるはずだ。材料があるなら魔力は少なくて済むわ。


「わかった。マルセオに言っておこう」


「ありがとうございます。でき次第お渡ししますね」


 念のためと錬金壺を運ばせてきてよかった。材料があればすぐ創れるわ。


 と、扉がノックされ、マルセオや役人たちが入ってきた。どうやらお仕事の時間のようね。


「では、叔父様。またあとで」


 部屋を立ち去る前にマルセオや役人たちに目配せをして微笑んだ。よろしくね、ってね。


「姉様!」


「お姉様!」


 扉が閉まると、ナジェスとレアナが左右から突進してきた。おっふ! 


 いつもの防御強化したワンピースじゃないから衝撃がダイレクト。お昼食べたものが食道まで上ってきたわ。


「……あ、あなたたち、はしたないわよ」


 食道まで上ったものを飲み込み、二人に笑顔を見せた。引きつってるのは許してちょうだいね。


「姉様、お話聞かせてください!」


「お兄様、わたしが先です!」


 やいのやいの騒ぐ兄妹。微笑ましいとは思うけど、あまり抱きつかないで。また食べたものが上がってきちゃうから……。


「ナジェス様。レアナ様。あまりお嬢様を困らせてはダメですよ」


 メアリアがやってきて二人を嗜めてくれた。ほっ。


「二人とも、今日の習い事は終わり?」


「ぼくは今日、休みです」


「わたしは終わらせました」


「そう。なら、わたしと魔法のお勉強をしましょうか? どうかしら?」


 貴族は魔力があり、魔力の量で位が決まる。故に魔法でなにができるかより魔力量を増やすことに注力される。


 それはある意味間違いではないわ。魔力量が多いなら大きい事象を体現できるからね。特に魔力量が多い女性は相手も見つけ易いわ。


 でも、それってどうなの? 魔力量ばかり高めても火一つ体現できないって本末転倒でしょう。手段が目的になっているようなもの。なんのために魔法がある世界に生まれて魔力量だけを増やす人生にならなきゃいけないのよ。もったいないことこの上ないわ。


「やります!」


「わたしも!」


 と言うので訓練場に場所を移した。


 貴族だからって蝶よ花よで育てられるわけじゃない。まぁ、高位貴族のご令嬢様はそんなこともあると聞くけど、可もなく不可もなく、極々普通の伯爵ではそんなわけにはいかない。人並み以上の努力は求められるわ。


 わたしも小さい頃から勉強だ運動だと忙しかったものよ。もうこれ虐待じゃね? と思ったことも多々あるわ。


 ただ辛いだけのものを続けたって才能は伸びたりしない。やはり楽しくなくては人はやる気も出ないし、成長もしないわ。


「あなたたちにいいものをあげましょう」


 収納の付与を施した指輪から杖を二本取り出した。


「長いほうはナジェスで、短いほうはレアナね」


 杖を二人に渡した。


「それはわたしの魔法で水を出せる杖よ。名前は……そうね。グリムワールと名づけましょう」


 なんか魔法に関係する言葉だったはず。


「グリムワールは二人の魔力で発動する魔法具。魔力を籠めてみなさい」


 わたしも杖──じゃなくてグリムワールを出して、先から水の玉を出した。


「付与魔法しか使えないわたしでもこうして水を出せるわ」


 水の玉をピゅーっと撃ち出した。


「これでなにができるかと思っているでしょう?」


 二人の顔がショボ、って語っているわ。


「でもね、鍛えればこんなこともできるのよ」


 グリムワールに水を纏わせ、いっきに凍らせて剣とした。


 打ち込み用の人形のところまで移動し、適当に斬りつけた。


「このように氷自体に強度はないわ。けど、こうすると──」


 もう一度、グリムワールに水を纏わせいっきに凍らせて剣とし、横一閃で人形を真っ二つにしてやった。


「凄い!」


 やっぱり男の子。こういうのに燃え上がるのね。


「氷に強化をかけると並みの剣以上に斬れ味を増すのよ。他にもこんな使い方もできるわよ」


 氷を解いて、次は水のドレスを纏ってみせた。


「魔法を発動させるのに魔力は必要よ。でも、体現させるのは人の想像力がいるの。こんな風に、ね」


 纏った水で、次はわたしを模倣した氷の人形を創ってみせた。


「魔法は無限の可能性を秘めているのよ」


 驚く二人に優しく微笑んでみせた。

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