第30話 脳内メーカー

 秋も深まり、冬の様相が見えてきた。


 カルディム領にも雪は降るけど、そこまで雪国と言うわけじゃなく、年に二、三回大雪が降るくらい。寒さもそこまで大変なものではないわ。


「随分と帰ってくるのが遅かったわね」


 王都にいっていたラグラナがやっと帰ってきた。委員長風の、二十歳半ばくらいの女性と、メガネをかけた十六、七歳くらいの少女を連れて。またなの?


「申し訳ありません。思いの外、手間取りました」


 なにによ? なんて訊かないからね。そんな引っかけに乗らないんだから。


「そう。で、その二人は?」


「ここで雇っていただこうと思いまして連れてきました」


 それはもう決定した口振りね。まあ、いろいろ忙しくてメイドを増やそうかな~? って思ってたからいいけどさ。


「わかったわ。二人を雇いましょう」


 どちらもいいもの持っているしね。まったく、わたしのど真ん中を突いてくるんだからっ。


「ありがとうございます。二人とも、ご挨拶を」


 まずは二十歳半ばの女性が一礼した。


「モリエです。よろしくお願い致します。王宮管理部で働いておりました」


 管理部? 事務仕事ってこと?


「マクライ様の仕事も増えたので、お嬢様の補佐を任せようと思います」


 つまり、わたしの秘書ってことね。確かにスケジュール管理は必要か。手紙も増えてきて、対応するのも大変だったしね。


「それは、いいわね。お願いね、モリエ」


「はい。お任せください」


 モリエが一歩下がると、メガネ少女が一歩前に出た。


「ランです。よろしくお願い致します。護衛として働いておりました」


 護衛? どういうこと?


「ランは護衛を専門とする家の者です。お嬢様の側にいて御身を守らせます」


 わたし、なにか命を狙われるようなことした? まだ伯爵令嬢の域から出てないと思うのだけれど。


「……いずれは、とは思っていたけど、今にした理由はあるの?」


「護衛は信頼関係があってこそできるものです。特にお嬢様の行動は理解不可能なことがありますから」


 わたし、結構単純な理由で動いていますけど。名脳内メーカーなら八割以上おっぱいで占められていると思うわ。


「ランは一人で現場に出るのは初めてですが、初めてだからこそお嬢様を理解……はできないと思いますが、一緒にいれば、たぶん、慣れると思います」


 え? って顔でランがあなたを見ているわよ。


「不安にさせるようなこと言わないの」


「不安にさせているようなことをしているのはお嬢様です」


 見た目は変わっても辛辣さは変わってないんだから。見る人が見たらバレちゃうわよ。


「わたしのなにが不安なのかしら?」


「存在です」


 わたし、全否定されてる?


「わたしの目を盗み、メイドを影から操る。ましてや自分の顔を平気で焼き、平然と火傷を晒す。不安でなく異様なのです」


 確かに他者から言われると異様、いや、異常か。裏の存在から見たら恐怖の対象なのね。


「護衛ではなく見張り、ってことね」


「そういうところもです。十五歳の少女が見せる洞察力ではありません」


 ごめんなさいね。中身は十五歳でもなく女でもないの。がんばって普通にしようと思ったけど、できなかったのよ。


「王宮がわたしを恐れる理由はそれってことね……」


 別に敵対しようとは思わないんだけどね。


「……人は理解できないものを恐れるか……」


 まあ、変態! とかドン引きされるよりはマシだけど。


「王宮はお嬢様との敵対は望んでおりません」


「それはなにより。わたしも嫌われて追放とかされたくないしね」


 まあ、逃げるという選択肢は残しておくけどね。敵には回らなくとも味方になるとは限らないんですからね。見張るなら見張るで構わないわ。別にわたし一人なら逃げることくらいわけないしね。


「そうなったときはわたしもついていきますので」


 なんだか語気が強いこと。わたし、あなたに執着されるようなことしたかしら? 


「そうならないように気をつけるわ」


 せっかくスローライフを送れるところを築いているのに、また最初から、なんて嫌だもの。見えるところで監視がついたなら気をつければいいだけよ。


 ……と言って気をつけないのが転生者のダメなところ。つい認識の齟齬を見せちゃうのよね……。


「体制はローラと話し合ってちょうだい。この部屋にいる限りわたしは安全だから」


 それでため息を吐くラグラナ。


「まったく気がつきませんでした」


「気づかれるようではダメでしょう。ここはわたしの城なんだからね」


 そのうち館全体を城、いや、要塞化するわ。わたしの大切な場所を守るために、ね。


「はぁー。少し見ない間に壺も増えましたね」


「メイドたちが清酒──米から作ったお酒を気にいっちゃったから消費が早いのよ」


 どんだけ気に入ってんだよ? と突っ込みたいくらい、メイドたちが清酒に嵌まっているのよね。あれで二日酔いにならないんだから不思議だわ。この世界の人ってお酒に強い体質なのかしらね?


「売り出すのですか?」


「売らないわ。そんな暇もないしね。館で消費する分だけよ」


 お父様からの指輪ライター要求はまだ止まらない。さらに叔父様からも火つけ棒をもっと創れとせがまれている。他にも付与しなくちゃならないんだから清酒作りばかりしてられないわ。


「そうですか。これは代金と依頼書です」


 革袋と手紙を机の上に置かれた。


「……平和に暮らす、その代償ってわけね……」


 まっ、タダ働きさせないだけマシね……。

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