第18話 叔父様

 何事もなく三日が過ぎ、領都から兵士が五人きた。


「領都も兵士がいないのかしら?」


 やってきた兵士は全員が五十過ぎ。引退したマージと同じ年代じゃない。


「申し訳ありません」


 わたしの呟きを悪いほうに聞き取ってしまったようで、兵士の一人が頭を下げた。


「別に文句を言っているわけじゃないわ。兵士がきてくれるのなら年齢は関係ないしね。ただ、兵士が少ないなら五人も寄越して叔父様は大丈夫なの? 何人か返したほうがいいかしら?」


 二人もいたらなんとかなるでしょう。付与具を与えたらゴーギャンでも倒せるしね。


「いえ、兵士は足りております。我らは自ら志願して参りました」


「志願? 随分と奇特なことするのね。こんな田舎にきても楽しいことないわよ」


 領都もそれほど発展しているわけではないけど、商店街や飲み屋はある。仕事終わりに一杯もできないわよ。


「お嬢様には助けていただいた恩がありますので」


 恩? わたし、なにかしたかしら?


「四年前の流行り病が蔓延したとき、お嬢様がくださったミサンガで孫が助かりました」


 あーあったわね、そんなこと。メイドの一人に編み物が得意な子がいたからミサンガを作らせたっけ。報酬にお菓子を与えてたら他のメイドも作り出して、処分に困ったから治癒力増加の付与を施して領民に配ったのよね。


「そう。治ったのならよかったわ」


 配ったあと、病にかからないよう王都に移ったから結果は聞けなかったのよね。すぐに婚約話が出たからさ。


「お嬢様が配っていただいたミサンガで多くの者が助かりました。ありがとうございます」


「領民を守るのが領主一族の義務よ。その礼は税としてもらっているわ。けど、その言葉はありがたく受け取っておくわね」


 なにが人助けになるかわからないものね。わたしとしてはミサンガを処分したかっただけなんだしね。感謝されると申し訳なく感じるわ。


「マージ。警護の体制はあなたが決めてちょうだい。剣と槍はわたしが預かるわ。明日には付与を施すから」


 もう午後だし、領都から歩いてきたのだろうから今日はゆっくりさせておきましょう。


「マクライ。彼らの部屋もよろしくね」


 まだ部屋は余っているはず。冬までに兵士の宿舎も造らないといけないわね。まったく、足りないものを足していく度に忙しくなるわ。


 部屋にきて椅子に座ったら、マレアが手紙を差し出してきた。


「またお父様?」


 こんなときでも指輪ライターは送っているじゃない。まだ欲しいと言うの?


「いえ、ロングルド様からです」


「叔父様から?」


 手紙を受け取り中を開いて読むと、火つけ棒(チャッカから改名しました)を寄越してくれとのことだった。


 マゴットが広めてくれたお陰で完売はしたけれど、一度その便利なものを使ったら今までのやり方が面倒臭いとか。使わせろと領民が立ち上がって叔父様に嘆願したみたい。


「ハァー。仕方がないわね」


 自分のやったことだし、ここに住むなら叔父様に力を借りなくちゃならない。断ることはできないわ。


「アルドたち職人にこのくらいの棒を大量に作らせて。そして、作った順から持ってきてちょうだい。付与するから」


 火つけ棒への付与は難しくない。指輪なら多少なりとも時間はかかるけど、火を十回出すだけならいっきにできるし、魔力もそうかからない。指パッチンで百本はいけるわ。もう熟練度マックスよ。


 その間に兵士たちが使う剣や槍に付与を施し、お菓子食べたり眠ったりと大忙し。まったく、こんなのわたしが望んだスローライフじゃないわ。


 五日が過ぎ、ゴーギャンが現れることもなかったので、解散の報を皆に伝え、通常業務に戻ってもらった。


 冒険者には火つけ棒を領都に運んでもらう依頼を出し、その報酬は叔父様に払ってもらう。


「叔父様にこの手紙をすぐ読むように伝えて。わたしの名前を出しても構わないから。それでもダメなら帰ってきなさい。それは叔父様の不手際。あなたたちに害が及ばないようわたしが守るから」


 ないとは思うけど、冒険者たちになにかあったら困るからね。逃げ道は用意しておきましょう。


 領都まで半日の距離。朝早く出れば暗くなる前には帰ってこれるでしょう。安全にいってらっしゃ~い。と、冒険者たちを見送った。


「お嬢様。周辺の見回りにいってきます」


 三人一組でやるようね。


「ええ。気をつけてね。勝てない存在が現れたらさっさと逃げてきなさい。勝てるものを用意するから」


 老兵とは言え、わたしの貴重な存在。無駄に失われては困る。予備魔力はあるのだから命を懸けて戦うこともなし。さっさと逃げてくればいいわよ。


「はっ。仰せのままに」


 はい。わたしの命令のままによろしくね。


 兵士たちも見送ったら職人たちを見にいく。いろいろありすぎて進捗状況を知らないのよね。仕事の邪魔にならないよう遠くから確認しておきましょう。


「お嬢様!」


 遠くから見てたらアルドが駆け寄ってきた。


「お仕事中ごめんなさいね。あなたたちの働きを見ておきたかったのよ。邪魔になるなら下がるわ」


 上が見ててもプレッシャーでしょうからね。


「いえいえ。お嬢様に見ていただけるのなら職人たちも喜ぶでしょう」


「ふふ。美女でなくてごめんなさいね」


 凡庸な容姿でもなく貧乳で、顔には火傷がある。わたしなら金返せって叫んでいるわ。いや、お金を払って見たことはないからね。チラ見はしてますけど。


「いえ、お嬢様は素晴らしいですよ! 職人たちを大事にしてくれて、働きに見合った給金をくださるのですからね」


 容姿はスルーなのね。まあ、不潔! とか見られないならなんと思われても構わないけどね。


「職人はカルディム領の土台。腐るようなことをさせたら建物が崩れてしまうわ。不当な扱いをされている職人がいたらわたしのところに連れてきなさい。正当な働きには正当な報酬を与えるから」


 今のうちに優秀な職人を集めておきましょう。なんだか仕事を振られそうな予感がするからね。


「はい。お嬢様の土台となれる職人を用意します」


「まあ、ほどほどにね」


 百人も二百人も連れてこられても困る。徐々にでお願いよ。

 

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