Ⅳ 66番の男
誰かがスヴァルト・ストーンを手に入れるために、ナユの楽団と野盗を皆殺しにした。そして十六番目の遺体となったのは、仲間割れした犯人の一味か、あるいはたまたま居合わせた全く別の誰かか。これが事件の全容なのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして楽団が石を持っていると分かったんでしょうか? お腹の中にあったんですよ?」
「確かにそれは謎だな」
「この謎は分かりそうにないし、一旦置いて次へ進もう。誰がご遺体を旧市街に持ち込んだのかだけど、僕は自力で来たんだと思う」
「どういうことですか?」
「いいかい、スヴァルト・ストーンは奪われていなかった。つまり彼女は命懸けで守りきったんだよ。致命傷を負いながらも敵を撃退して、その時点ではまだ死んではいなかった。だから最後の力を振り絞り旧市街へ辿り着き、そこで力尽きたというのはどうかな」
「うむ。人間なら瀕死の状態でとても歩ける距離ではないが、魔物の体ならあり得るな」
「ご遺体はスヴァルト・ストーンを託すために旧市街へ来て、そして一度土葬されてもまた火葬場へ戻ってきたわけですか。どうしてもおれたちに託したくて?」
「理由は分からないけど、そう考えるべきだろうね」
「十六番目の遺体を作ったのも彼女だろうか。昨日の様子だと、司教は黒羽の主を犯人と疑っているようだが」
フランは答えない。というより答えようがないのだろう。
「ナユに事件当時のことを聞けるか? ワタシもやってはみるが」
「彼女は見ていたわけじゃないし、思い出させるのはあんまりね。僕もやってはみるけど」
「うむ。何か分かったら連絡をくれ」
そこで話を切り上げ、ライザ署長は職務に戻って行った。
「前進したと思ったのに、なんだかまた謎が増えちゃいましたね」
しかしフランは曖昧な微笑みだけで、それ以上深めようとはしなかった。
外に出ると、赤い雨粒がピンク色のガス灯の光に透けている。
オークション会場では、見るからにウキウキなブラッドサッカーが待っていた。
「みんなベルジェモンドを穴が開くほど見てたし、今回も高騰しそうだなぁ」
「スヴァルト・ストーンはどう思う?」
「眉唾で1200万は高すぎだよ。財産価値はベルジェモンドとは比較にならないくらい低いんだし、価格設定がお粗末すぎだねぇ。珍奇さと呪いのいわくでコレクターは居そうだけど。買うつもりなの?」
「僕もコレクターになってみようかと思ってね」
「珍しいこともあるなぁ。どういう風の吹きまわし?」
「ちょっとね。じゃあまた」
「ああ、無理するなよ」
ベルジェモンドの出品はフランではなくブラッドサッカー名義で、出品者は別室で待つ規定なのだそうだ。
先ほどのマッチョな受付から番号札を手渡される。
「22番か。スヴァルト・ストーンの数と同じとは奇遇だね」
競売では次々に品物が運ばれて来て、落札までにかかる時間はわずかだという。参加する時はこの札を挙げ、金額を宣言するのだ。
「フ〜ラン君」
聞き覚えのある声に振り返ると、緋雨でも白の上下を着るとはさすが。闇要素は一切なしの、光の御子が爽やかに笑う。
「デビッキ。よく分かったね?」
「駐車場に霊柩車があったからね。目的はフラン君と同じかな」
と70番の番号札を見せ、フランの隣に着席した。
「ここは一見様お断りのはずだけど、どうやって入ったの?」
「信徒には色んな人がいるんだよ。地獄の沙汰もなんとかって言うじゃない」
「さすがだね、二人なら競り落とせるかもしれないね。七対三でどう?」
「それ、おれが三だよね?」
「なに言ってるの」
一瞬、黒い天使と白い悪魔の間で火花が散るが、壇上の競売人がタンッと木槌を叩き、二人とも前を向いた。
「皆様お待たせしました。本日はご来場いただき誠にありがとうございます。当館支配人のメグルでございます。それでは早速始めさせていただきます。本日最初の品はこちら」
オールバックをきっちり決めた支配人が手を向けた先から、トルソーに着せられた毛皮のコートが現れた。確か密輸と書かれていた。
「ギャリヌーの毛皮にございます。ご存知の通り既に絶滅しておりますので、滅多に出回りません。光沢のある毛皮が大変貴重な一品です。価格は550万からスタート。3番560、後ろの50番570、32番580ですね? 580、580、他いかがでしょう。14番585。奥様へのプレゼントにいかがですか? 32番のマダム590。590、590、よろしいですね? 落札!」
タンッと木槌の音でトルソーは退場していき、周りに立っていた会計担当が32番のマダムの元へサッと詰め寄る。マダムがその場で小切手を切る間に、次の品物が現れた。
「ものすごいスピードでお金が飛び交うんですね……」
あっけに取られてしまう。次も、その次も同じように百万単位の競売が数十秒の間にどんどん成立しては、メモ紙のごとく無造作に小切手が手渡されていく。ここは上品な仮面を被った生々しい欲望の腹の中なのだと、ルゥは軽いめまいを覚えた。
「ルゥ君じゃなくてもここにいると感覚がおかしくなるよ。お、次はベルジェモンドじゃない?」
場内が色めき立っている。高騰しそうだとブラッドサッカーが言った通りだ。
「さあ、皆様のお待ちかね、禁断の宝石ベルジェモンドでございます。ご周知の通り、新作は当館での独占販売となっております。同じものは二つと存在しない美しい色合い、深い透明度と輝きは鉱石とは比較になりません。なお本日の出品は六粒のみとなります。まずはこちらのグラデーションが美しい石。700万からスタート」
「な、ななななひゃく⁉︎ あんな小さいのが!」
それがわずか十秒で二百万上がり、900万で落札となった。今までの品とは速さも金額の上がり方も異次元だ。
「次はこちらの鮮やかなネオンブルー。海を固めたようで大きいでしょう? こちらは800万からスタート」
こちらは二十秒間で1200万まで上がった。他の三つも同じように、秒で跳ね上がっていく。
知らなかった。ベルジェモンドがここまでとは!
「さて、最後のベルジェモンドは特別な逸品です。私も初めて拝見致しました」
運ばれてくると、どよめきが起こる。
「古来よりラグナ神の血は青色で表現されますが、これはまさに神の青。青の中に緑、紫、紺と様々な色が現れます。しかも40カラットという破格の大きさ。さあ3000万からスタート」
「あんなすごいの初めて見たんだけど。この前の宝石箱には入ってなかったよね?」
「君には処女の乳首の方がいいでしょ」
「乳首は結局もらってないし、フラン君の乳首の方がいいし」
「乳首はどうでもいいです! 値段が、値段がとんでもないことにっ!」
「5500、5500で後悔ありませんか? もう二度と手に入りませんよ。66番5600、24番5700、66番5750、24番5850、66番6000、24番6050、66番6100」
「24番と66番の一騎打ちになったか。知ってる?」
「24はいつもの宝石商だけと、66は知らないよ」
ルゥたちよりも五列前に座る66番は、長い黒髪を垂らした人物だ。肩幅からすると男性だろう。
「66番6250、24番、よろしいですか。では落札!」
タンッ!
「フラン君はいいなぁ、景気のよろしいことで」
「あのね、うちの従業員は君のところみたいに修行に来てるわけじゃないの。三号炉の次は一号炉も修理しなきゃならないし、お金がかかるんだよ」
旧市街育ちでロクに学校には行かなかったルゥだが、親が商売をしていたのでそろばん弾きだけは叩き込まれた。わずか五分足らず、六粒のベルジェモンドで一億三千万を稼いだのだ。
「すっごい! すっごいや!」
あっという間に欲望の渦の中に取り込まれたルゥの興奮顔に、デビッキが苦笑する。
そして最後の商品は、スヴァルト・ストーンだ。
「元々の持ち主ゴドフリー卿は急逝されております。呪いの噂は嘘か真か、1200万からスタート」
ベルジェモンドの時とはうって変わり、しんと静まり返ったままだ。番号札は上がらない。やはりブラッドサッカーの読み通り、最低価格が高すぎたのか。
「1210」
フランが22番の札を挙げ宣言する。
「22番1210、他いかがでしょうか、1210、1210、66番1300」
呼応するように札を挙げたのは、先ほど六千万超えでベルジェモンドを落札した66番の男だ。
「22番1320、66番1350、22番1360、66番1400、22番1410」
「なんだよジャマしやがって……!」
するとルゥの声が聞こえたのか、男が振り返った。その瞬間、首を絞められたかのような恐怖を感じた。
端正な顔立ちに、フランと同じ赤色の目。しかし濡れて生き生きとしたフランの目とは対照的に、乾ききってひび割れた目をしていた。そして温かみの欠片も無い声で宣言する。
「3000」
「くそっ! いきなり倍額だって⁉︎」
「66番3000、22番、いかがですか。22番3010、66番3500」
札を挙げようとするフランの腕が止まる。
「デビッキ」
「22番、いかがですか」
「ねぇお願い」
「よろしいですか、三千ご——」
「デビたん」
「おっと、70番3510、66番3550、70番3560、66番3600、70番3610、66番3650、70番3660、66番3680、70番4000、66番、いかがですか」
もう来るな……! 来るなよぉぅ!
ここぞとばかりにラグナ神に祈る。
「70番4000で落札!」
タンッ!
木槌の音で、ルゥも深々を息をついた。こんな心臓に悪いの、もう嫌だ。
「支払いの話はこの後じっくり、たくさん責めさせてもらうからね」
4000万の小切手を切りながらフランの耳元で悪魔が囁く。
「遅いし。せめて半々だよ」
「おれの目の前であれだけ稼がれちゃあね?」
「いじわる」
デビッキを置いて席を立ち、フランは出口へと向かってしまう。66番の男はまだ席から動かない。ルゥも急いで後を追った。
「置いて行かないでくださいよフランさん」
その時、ルゥの視線の先でフランが体をかがめた。あれは胸を押さえて、苦しんでいる?
「フランさん! どうしまし——」
「あくっ」
おかしな音でフランの喉が鳴る。
次の瞬間、フランに添えようとしていた右腕にものすごい熱を感じ、勢いで尻餅をついた。
ふわんふわんの白金髪からのぞく赤の瞳が、乾いた
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