54話 遺跡調査 ―― 3
――昔、といっても今から四半世紀ほど前のこと。
この王国は山岳地帯に住むとある民族と密かに同盟を結んでいました。
その民族は常人離れした身体能力と特殊な武器を操る技術を有しており、王国はモンスターの脅威から自国を守ってもらう代わりに、豊かな大地で獲れる食料を提供していたのです。
しかし、「自国防衛を他民族に頼っていると知られては示しがつかない」という理由で、王国はその存在をひた隠しにしていました。
王国の民とは異なる容姿をしている彼ら彼女らは、その特徴的な美しい髪色を隠すことを強要され、王国の民と交わることも禁止されたのです。
それでも、利害が一致している王国と民族との同盟は細く長く続いていました。
しかし、ある出来事をきっかけに、同盟は唐突な終焉を迎えます。
きっかけは、王国騎士団のひとりの青年がその民族の女性と恋に落ち、彼女の強さの秘密を知ってしまったことでした。
驚くことに、彼女たちの高い身体能力は、生まれつきの才能によるものではなく、その民族に伝わる特殊な武器によって付与されていた力だったのです。
その武器を手にすればどんな人間でも強くなれる。
つまり、その武器があれば王国は自分たちの力で自国を守ることができる。
そう考えた青年は、国の安寧を願う一心で武器の秘密を王に報告しました。
しかし、それを知った王国の動きは、青年の思いもよらないものでした――。
*
「えっと……。いきなり何の話?」
太陽の光も届かず、黒装束の男たちの松明だけが明りを灯している洞窟の中で、アタシの少し前を歩く胡散臭い男――ギルドマスターのカスティージョ――が、尋ねてもいない昔話を語っていた。
てっきり自分の出自の話かと思って耳を傾けていたのに、いまいち頭にピンとこない話だ。
「ちゃんとあなたにも関係ある話ですよ」
「だったら、まどろっこしい話じゃなくて直接スパっと言ってくんない?」
「せっかちですね。この続きを聞いていれば分かりますよ」
「まだ続きあんのかよ……」
ていうか、この話に出てくる「青年」ってこのギルマスのことじゃないの?
そうアタシが尋ねるより先に、カスティージョは昔話を再開した。
*
――「山岳民族の身体能力の高さは、その武器の特殊能力によるもの」。
その真実を知った王国は、民族に伝わる武器を供与するように求めました。
しかし、どれだけ多くの対価を提示しても民族は応じず、両者の交渉は決裂。
ついには同盟関係までも崩壊し、これまで王国をモンスターから守っていた彼らは故郷の山岳地帯へと帰ってしまいました。
そして、その民族の女性と愛を深めていた騎士団の青年も、彼女との仲を引き裂かれることになりました。
それからわずか数年後。王国周辺に凶悪なモンスターが出没しました。
それは歴史の中で幾度も現れ、病害をまき散らして人々を苦しめてきたベスタトリクスと呼ばれるモンスターです。
ベスタトリクスの標的になったのは山岳地帯の集落でした。
さらに運が悪いことに、この時の山岳民族は、王国との同盟を断ち切ったことで食糧難に陥っており、ベスタトリクスに立ち向かう十分な戦力がなかったのです。
そのため、彼らは王国に救援を要請しました。
しかし、王国は救援要請を黙殺しました。
王国はベスタトリクスの襲撃で民族が滅べば、彼らの武器を無償で手に入れることができると考えたのです。
結果、王国騎士団は山岳地帯の救援に向かわず、騎士団の青年もまた、愛する女性が襲われていると知りながら、王国に留まることしかできませんでした。
そして、孤立無援となった山岳地帯の集落は一夜にして灰燼と化したのです――。
*
「ベスタトリクスが去った後、王国は民族の武器を入手するためにこの地に調査隊を派遣しました。そして……」
直後、視界いっぱいに光が広がった。
洞窟の外に出たのかと思ったがそうじゃない。
そこは洞窟の中に開けた巨大な空間だった。急に視界が明るくなったのは、部屋の外周に置かれたかがり火のおかげのようだ。
「なに、ここ」
内壁も地面も漆喰のようなもので綺麗に塗り固められている。どう見ても人工的なつくり。明らかに自然の作用でできた空間じゃない。
先に到着していた黒装束の男たちが左右に分かれて花道を作り、その中央をカスティージョが歩いていく。
他に行き場はない。だから仕方がなくその後ろをついていく。
部屋の最奥には幾何学模様が刻まれた大きすぎる鋼の扉が埋め込まれていた。
そして、その手前には何かの儀式に使いそうな祭壇が設置されている。
まるで何かを封印しているような、迂闊に触れてはいけなさそうな畏怖を感じる。
「この場所こそが民族に伝わる武器の保管場所。あの扉の向こうに大量の武器が眠っているのです」
カスティージョは巨大な扉の前で立ち止まる。
そして、まるで恋人を愛しむように扉にそっと手で触れた。
「私は権力を手に入れ、騎士団を動かし、そして、ついにこの場所を見つけた」
なるほど。「遺跡の調査」という名目だったが、本当の目的は山岳民族の武器を手に入れることだったわけだ。
やっぱり、このクエストはギルドマスターが仕組んでいたものだ。
「……それで? なんでわざわざ目的を隠してまでアタシたちを連れてきたわけ」
「この扉を開くには貴方が持つ鍵が必要だからですよ」
「カギ? アタシ鍵なんて持ってないけど」
「いいえ。貴方が持っている」
確信に満ちた声で断言が返ってくる。
そのせいで、本当に何も持っていないのに、何か大事なことを忘れてやしないかと不安になってきた。
「今までずっと失われてしまったと思っていた。しかし、ようやく見つけた」
そう言ってカスティージョが振り返る。
「この扉を開く鍵は、この地の民族の金色の髪と血」
その蒼い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
ゆっくりと手が差し出され、真っ直ぐにアタシを見捉える。
その先は聞きたくない。
でも、耳を塞ごうとしても手遅れだった。
カスティージョが真実を告げた。
「――お前が鍵だ。我が娘よ」
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