53話 遺跡調査 ―― 2

 調査団の歩みは順調そのもので、結局、モンスター1体とすら出会うことなく「遺跡」と呼ばれる目的地までやって来た。

 けれど、安堵は全くない。

 むしろ「何かおかしい」という懐疑心に胸をかき乱されている。


「なんですか、ここ……」


 視界に映っているのは、これまで自分が暮らしてきた街とはまるで異なる文化の集落のともいえる光景だった。


 大地から伸びるように何本も突き立てられた見上げるほど大きなモンスターの骨。

 それらを柱として天幕のように使っていたと思われる巨大な革。

 かつて人間の作り上げた建造物だっただろうものが、どれもこれも無残に崩れ落ちており、いたる所に土砂や石や瓦礫の山が積み上がっている。


 一目見てここは確かに人間が生きていた場所なのだと分かった。

 しかし、そのすべてが、強大な力に蹂躙され、破壊され、高熱の炎で焼き尽くされたように黒く焦げ付いていた。


むごすぎる……」


 思わず目を覆いたくなる光景にそんな言葉が漏れる。

 これは単に自然の摂理に従って風化した結果ではない。

 かつて存在した人間の文明が何者かによって破壊された跡だ。


 リベリカは貴族の生まれとしてそれなりに教養を身に着けている自負がある。

 この王国がどのように成り立ち、どんな文化を形成してきたのか、歴史をきちんと学んでいるつもりだ。

 だのに、このような場所に巨大な集落が存在したということも、それが消滅したという話も一片たりとも教えられたことがない。


「この遺跡のこと何か知ってたりしますか……?」


 これまで辺境を転々として狩猟を営んできた彼女ならもしや、と思って尋ねるも、アリーシャはふるふると首を横に振る。


「似た感じでモンスターの素材を使って建物を作ってる村ならあったよ。でも、流石にここまで規模が大きなのは見たことないね」

「そうですか……」


 気にすれば気にするほど、足を踏み入れているこの地が異質なものに思えてくる。

 カスティージョから伝えられている情報は少なく、しかもここが「何かの遺跡」という話だけだ。

 しかし、見る限りこれらが太古の昔に存在した文明の跡だとは思えず、これが「遺跡」だという話は俄かには信じられない。


「ねえリベリカ」


 周囲をぷらぷら歩いていたアリーシャが、雲がかった表情で地面に目を落としている。

 まるで吸い寄せられるように手を伸ばし、金属製の棒を拾い上げて見せてきた。

 それは一見するとハンター達が使う槍のように見えるが、その両端には特徴的な刃が2つ取り付けられている。


「ギルドのハンターってこんな武器使ってたりする?」

「いいえ、初めて見ました」

「そっか。アタシも初めて見る形の武器なんだよね」


 リベリカが知る限り、このような武器は現在は使われていない。

 金属製の穂先は磨き上げられた宝石のように光沢を放っており、柄の部分は曲がったり錆びたり欠けたりしている様子もない。

 現代の鉄製の武器でこのような強度を誇るものは見たことがない。


「でもなんでだろ……。アタシ、この金属知ってる気がする」


 アリーシャが独り言ちるようにポツリと言う。

 その行き場のない問いかけに、思わぬところから答えが返ってきた。


「その答えなら貴方の腰にぶら下がっていますよ」


 ひとり歩いてきた男、カスティージョがアリーシャの腰を指さして言う。

 その指さす方へと彼女の手が動き、腰に携えている武器がカチャリと音を立てた。


 その瞬間に気づかされる。

 この遺物と同じ光沢を放ち、これまでどんな頑丈なモンスターの鱗を切っても刃こぼれひとつしなかった頑丈な武器がある。

 他でもない、アリーシャの太刀だ。


「その太刀にも使われている金属は特別製。しかもその精製方法はこの集落と共に既に失われています。当然、市場にもまったく出回っていません」

「え、じゃあ、なんでそんなレアものがアタシのところに……」


 本当に訳が分からないと言いたげに眉間にしわが寄っている。

 そんな様子を面白がるようにカスティージョがクスクスと笑う。 


「なに?」

「失敬。貴方の反応を見るに、本当に何も知らされていないんだなあ、と」


 肩を揺らし、腹の内から込み上げる笑いを抑え込むように口に手を当てているカスティージョに、アリーシャが食って掛かるように言う。


「どういう意味? 逆にギルマスのおっさんが何を知ってるわけ」

「知っていますとも。少なくとも今の貴方よりは貴方自身のことをね」

「なにそれキモ……」

「おや辛辣しんらつな。では先に少し説得力を持たせてみましょうか」


 カスティージョの表情はどう見ても冗談を言っているそれではない。

 だからこそ意味が分からない。

 彼は何を言っているのか。何を言おうとしているのか。


「アリーシャ・ティピカ。性別は女。17歳。物心ついた頃には両親は既に他界しており、代わりに叔父であるパーカス・ブルボンが育ての親となった」


 カスティージョは空で朗読するように流暢に話し続ける。


「――とパーカスは言っているが、容姿もまるで似ておらず、親戚を名乗る人間は彼一人だけ。出身地も生年月日も不明。彼が唯一教えてくれるのは田舎での暮らし方と狩りの技術のみ」


 まるで呪文の詠唱のようだった。

 リベリカですら聞いたことが無い彼女の生い立ち。

 それをまるで暗記しているかのようにひと息で言い終えたカスティージョは、最後にニヤリと笑みを浮かべて「ああ、それと」と付け足した。


「おそらくパーカスは今回のクエストに反対していたはずです。それも明確な理由を何も述べずに」


 瞬間、猛犬のような目で睨んでいたアリーシャが一瞬だけ身を竦ませる。

 気味が悪い。そんな言葉では生ぬるい。

 なぜこの男はそんなことまで知っているのか。


「だから貴方はこう思ったんじゃないですか?」


 もう彼女の口はさっきからずっと動かない。

 カスティージョは断言するように言った。


「『この場所に本当の自分のルーツが関係しているんじゃないか』」


 アリーシャはまるで氷漬けにされたように棒立ちになっていた。

 そんな無抵抗な彼女の肩をカスティージョが撫でる。


「貴方には知る権利があります。教えてさしあげますから、その代わりについてきてほしいところがあるんです」


 返事はなく、代わりにアリーシャは微かに首を振った。

 その背中を押してカスティージョが歩き始める。


 

 ふたりが向かった先は集落跡のほど近くにある洞窟の入り口だった。

 そこでは既に有識者の調査団員、と言われている黒装束の男たちが2つの縦列を組んで待機していた。

 カスティージョの合図ひとつで彼らは乱れぬ足取りで洞窟の中へと進んでいく。


 カスティージョとアリーシャに続いてリベリカも付いていこうしたが、入り口の前で一度立ち止まったカスティージョがこちらを振り返る。


「リベリカさん、あなたは外で入り口の見張りをお願いします」

「いえ、私も……」

「お忘れですか? 貴方の仕事は我々の護衛でしょう。手分けして中と外の守備に当たってくださいと言っているんです」


 異論は認めないという言外の圧。

 この男に逆らうことはできないと本能的に頭を下げてしまう。


「……申し訳ありません。承知しました」

「理解が早くて助かります。ではアリーシャ、行きましょう」


 よく考えれば、外に1人で取り残される方が危険度は高い。

 なのに、なぜか彼女の後ろ姿が闇に吸い込まれていくように見えて、


「どうか、気を付けて……」



 リベリカは知らず合わせた両手を固く握りしめて彼女を見送った。

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