52話 遺跡調査 ―― 1
街を離れて丸三日。道中でモンスターや野盗に襲われるようなトラブルは特になく、調査員を乗せた馬車の一団は無事に山岳地帯までやってきていた。
これまで生活の背景の一部でしかなかった山々が、今や視界に収まらないほど大きく、矮小な人間を悠然と見下ろすように立っている。
そんな切り立つ山の渓谷に沿って馬車は進み、太陽がすっかり空に登った頃、ついに調査団は目的の地に到着した。
前方の客車から人が降りる物音がして、アリーシャとリベリカも手早く身の回りの準備を済ませ、幌馬車から降り立った。
「空気がおいっしー……くない」
凝り固まった身体をほぐすように大きく伸びをしたアリーシャが、途中で眉を潜めてげんなりとした表情を浮かべている。
期待していた緑いっぱいの自然に囲まれて森林浴とはいかず、四方を露出した山肌で囲まれたこの場所では、砂混じりの乾燥した空気が肌をザラザラと撫でるだけだ。
幌馬車の中から周囲の様子を伺っていたモカだったが、辺りに人の気配が無いのを確認して顔を出す。
「おいアリーシャ。そこら辺の土をこの瓶に詰めてくれ」
「あら、砂遊びしたいの?」
「バカ言え。土地の調査に決まってんだろ」
どこから持ってきたのか懐から取り出された小瓶を受け取り、アリーシャはその場にしゃがみ込んで地面の土をサラサラとすくって詰める。
白く染まった砂粒は綺麗ではあるが、一見してもただの砂だ。
「ほれ、出来たよ。これで何か分かるわけ?」
「土地の状態ならおおまかにな」
砂の詰まった小瓶を受け取って、モカは中身をゆすって見せてくる。
「見てみろ土がパサパサだ。たぶん土地が枯れてるんだ」
「見ただけでそこまで分かるんですか?」
「断定はできないけどな。でも樹木のありさまを見れば恐らくは」
恐らく以前は青々とした葉で茂っていたのであろう樹木の幹は残ってこそいるものの、その枝はやせ細り、緑と言えるものは残っていない。
地面のそこら中に石がゴロゴロと転がっている荒れ地で、辛うじてポツンポツンと小さな草の芽だけが生えている。
「もともと乾燥しやすい土地なんじゃない? アタシいろんなところ旅してきたけど、砂漠とかもっとカラカラしてる場所もあったよ」
「気候の影響が無いとは言えないが、この近くは川が流れてる渓谷なんだぞ。それにしては明らかに異常だ」
「モカのくせに賢そうなこと言ってる。なんか学者っぽいね」
「喧嘩売ってんのか。ボクは列記とした王立書士隊の学者だ」
アリーシャは話半分で受け取っているようだが、モカの話を聞けば聞くほど、視界に映っている景色のすべてが異質なものに見えてくる。
水がある。なのに土地が枯渇している。
まるで栄養を取り込むための機能が失われたような、大げさに言えば自然そのものが死んでしまった世界の成れの果てのような景色だ。
「近くに生えてる芽もサンプルを取っておいてくれ」
「ちょっとしかないのに可哀そうじゃない?」
「だからこそ研究の価値があるんだ。こんな場所で自生してる植物はかなり貴重だ」
「はーいよ」
「――待って、誰か来ました隠れて‼」
植物の収集を始めた矢先、人の足音が近づいてきた。
アリーシャは詰んだ草の芽を小瓶に入れて懐に収め、リベリカは大急ぎでモカを幌馬車の木箱に押し込める。
今回のクエストはリベリカとアリーシャの2人による調査団の護衛が目的で、戦力にならないモカはクエストの契約対象外なのだ。
つまり、勝手に同行していることがバレたら契約違反で大問題になる。
なんとかモカを格納した木箱に蓋をした直後、姿を現したのは今回のクエストを持ちかけてきた張本人、ギルドマスターのカスティージョだった。
「二人とも準備はできていますか?」
「は、はい! いつでもいけます」
「バッチグーです!」
ぎこちない笑顔を浮かべてサムズアップするアリーシャ。
木箱を隠すように立っているが、その立ち方がむしろ不自然でしかなくてリベリカは隣にいながら冷汗が止まらない。
カスティージョが後ろの木箱に一瞥をくれる。
が、特に言及はなくすぐに目線を戻して続けた。
「ここからが護衛クエストの本番です。道中は私が隊列の先頭に立つので、お二人は最後尾の守備をお願いします」
「し、承知しました」
「あいあいさー」
「では行きましょう」とカスティージョが背中を向けて歩き出し、ほっと胸を撫で下ろす。信じられないが、どうやらまだバレていないらしい。
先にアリーシャを先に歩き出させて、リベリカはモカの隠れている木箱を背負ってその後ろを付いていくことにする。
だがその直後。
「くれぐれも無駄な荷物を持っていかないように」
釘を刺されてしまったので木箱は幌馬車にそっと戻す。
やむを得ない。モカはここで留守番だ。
見渡す範囲にモンスターの姿は無いが、念のため簡易な魔物避けを馬車の周りに撒いてその場を後にした。
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