43話 本当に欲しかった言葉

【離脱者が出た直接の原因は、アリーシャたち他チームの乱入による現場の混乱】


 その一説が読み上げられた直後、リベリカは大声を上げていた。

 秘書から報告書を奪い取って自分の目で確認しようと前に飛び出し、けれどもすんでの所でアリーシャとモカに引き留められる。


「どうどう、一旦落ち着いて」

「そうだリベリカ。まずはあっちの言い分を聞いてやろう」


 2人とも言葉こそ穏やかに言っているが、その声には明らかに怒りが籠っている。

 ここで自分だけが取り乱しては、かえって相手の思うツボだ。

 胸の中では怒りが沸々と湧かせたまま、リベリカは元の立ち位置に戻って目でカスティージョに裁定を促した。


「聞いていただいた通り、それぞれの報告内容には辻褄が合わないところがあります。何が真実なのか明確にしなければなりません」


 カスティージョは組んだ手を口元に当て、重々しく問いかけてくる。


「まずはアリーシャとリベリカ。提出した報告書について申し開きはありますか」


「ありませーん」

「ありません。全て事実です」


「結構。ではサン・ラモン側、改めて離脱者が出た経緯について見解を述べてください」


 カスティージョが振り出すが、当のサン・ラモンは拳を握りしめ、まるで凍りついたように押し黙っている。

 逡巡しているのか、混乱しているのかどちらともつかないが、明らかに様子がおかしい。


 すると、後ろに立っている一人のハンターがサン・ラモンを遮って「ご説明します」と前に飛び出してきた。

 クエストの時に男だ。


「正直に申し上げますと、我々は5人で亜種個体と対峙したものの苦戦はしておりました。ただ、手も足も出ないというわけではなく、討伐の見込みは立っていたのです。ですが……」


 男がその先は言い辛いとでもアピールするように顔を伏せる。

 すると、もう1人のハンターが出てきて男を励ますように背中をさすり、悔しさをにじませるように声を震わせながら続きを口にしはじめた。


「そこの女ハンター2人が突然やってきて戦況が変わってしまったのです。その時点で2名の者がいたのを理由に全員離脱しろと強要され、追い出される形で現場から離れた……という次第で――」


「ちょっといいかー?」

 

 男が言い終わらぬ間に、モカが白けた声で口を挟んだ。

 今しがた鼻をすすりながら訴えていた男は、表情を一転させて眉根をひそめる。


「なんだチビ? 子供には難しい話だ、黙ってろ」


「いやいや、そんなチビでも分かるくらい鮮やかに話が矛盾してるんだが?」


 モカは目で発言権を訴え、カスティージョが黙って首肯したのを確認して続ける。


「お前たちは、アリーシャとリベリカが来るまでは軽傷者しかいなかった。2人が来たから戦況が崩れたって言ってるんだよな?」


「そう言っただろ」


「だったら、なんで救難信号を上げたんだ?」


「あ、亜種個体は強力だって聞いてたからな、念のために応援部隊を呼んだんだよ……」


「ふーん? 天下のサン・ラモンの重槍部隊も流石に腰を抜かしたってわけだ」


「んだとコラ⁉ 適当なこと言うってんじゃねえぞクソガキ‼」


「ふえーんこのおじさん怖いよぉぉ」


「都合よくちびっ子アピールすんなッ⁉」


 大きなお友達、もとい大の大人に泣かされた……ふりをして、モカがアリーシャのお腹に抱き着いた。

 その悪ふざけに乗じたアリーシャが「よーしよし、怖いおじちゃんでちゅねー」などと煽って神経を逆なでるので、男ハンターの頭にどんどん血が昇っていく。


 その言葉の応酬を聞いていたハンター達が立場を危ぶんだのか、口々に自分たちの擁護を始めた。


「俺たちだけでもやれました!」

「きっと手柄を横取りするのが狙いだったんですよ」

「大きなお世話でした!」


 もはや論理もへったくれも無い主張が次々に飛び出してくる。

 流石に聡明なギルドマスターがそんな発言を真に受けるとは信じたくない。

 だが一方で、リベリカとアリーシャを擁護する者は1人もいない。


 このまま場の収集がつかなくなった場合、冤罪は免れたとしても、真相は藪の中に葬り去られてしまう可能性は十分にある。


「隊長からも言ってください!」

「あんな奴らいなくたって、隊長ひとりで倒せましたよね!」


 ずっと沈黙を続けているサン・ラモンを焚き付けるように、部下達の声が燃え上がる炎のように勢いを増す。

 長である彼の発言が集団としての正式な見解となる以上、場の注目が彼一点に集まっていくのは道理だ。


 もしここで彼が部下の肩を持てば、いよいよリベリカ達の立場は弱くなる。

 しかし、出世を控えた人間が自分の功績に傷をつける発言をするわけがない。


 彼は自分の立場を守るためなら平気で弱者を切り捨てる男だ。

 これまでだってそうだった。

 つまり、この場はもう詰んでいる。

 

 食いしばった歯が軋み、爪が手の平に食い込んで痛みを訴える。

 悔しい。

 命がけで身体を張って彼らを助けたのに。

 見返りなんて求めていないのに。

 なのになぜか、自分の善行はいつも仇となって突き返されてしまう。


「サン・ラモン、あなたの見解を述べてください」


 カスティージョに名指しされ、これまで沈黙を貫いていたサン・ラモンが一歩、前に出た。


 そして、二歩、三歩。


 カスティージョの前を通り過ぎ――リベリカの正面で立ち止まる。


「すまなかった」


 全員の視線を一身に浴びながら、サン・ラモンはゆっくりと深々と頭を下げた。


「あの時、君が彼らの盾となってくれなければ部隊は全滅していた。今回、私たちが全員生きて帰ることができたのは、間違いなく君のおかげだ」


 周囲のハンター達が動揺した表情を浮かべる中、「それにも関らず、恩を仇で返すようなこの仕打ち、本当に申し訳ない」とさらに深くこうべを垂れる。


「これまでの件も含め、こんなことで帳消しになるとは思っていない。だがせめて、埋め合わせはさせてほしい」


 サン・ラモンは頭を上げると、今度はカスティージョの前に立つ。


「ギルドマスター、提出した報告書には事実誤認がございます。これは部下に作成を一任していた私の不覚の至すところです。こちらの主張は全面的に取り下げ、直ちに修正させていただきたく存じます」


「……本当に、それでよいのですか?」


「はい。それが私の責務ですので」


 カスティージョの凍てつくような瞳がサン・ラモンを捉える。

 誤ちを認めるということは、部隊を指揮したリーダーとしてその責任を受け止めるという意思表示を意味する。

 つまり、名誉を返上し、汚名を被ることになる。


 それを分かっていてもなお全く揺るぎのなかった返答に、カスティージョは「承知しました」と首肯した。


「それから……」


 1枚の羊皮紙が机上に差し出され、カスティージョが訝し気な目を向ける。


「これは?」


「手形です。これまでの彼女の活躍を正当に評価した報酬額を記載しています。この相当分の報酬を私から彼女の取り分に移譲していただけないでしょうか」


「なるほど。あなたがそれで良いのであれば手続きはしておきましょう」


「ありがとうございます」


「待ってください!」


 居ても立っても居られなくなったリベリカが前に飛び出した。

 カスティージョとサン・ラモンの間に割って入り、机上の羊皮紙をひったくってサン・ラモンの胸に突き返す。


「こんなの受け取れません!」


「いや、君にはこれを受け取る権利が」


「――そんなもの私は望んでません!」


 断固として受け取らない。

 きっと対価を受け取っても心に空いた穴は埋まらない。

 固い意志で頑なに一枚の羊皮紙を突き返す。


 サン・ラモンを渋々と受け取って困惑の表情を浮かべた。


「せめて何か望みを言ってほしい。私の気が収まらない」


「……では、ひとつだけ。正直にお聞きしたいことがあります」


 自分が欲しているのはお金じゃない。

 新しい居場所だってもう手に入れている。 


 けれど、チームを追い出されたあの日から、なぜか心にはずっと穴が空いたままだった。


 自分はま未だに何の成果も残せていない新人で。

 頑張れば頑張るほどやっかみを買ってきた。


 かつての仲間にも見放され、今になっても煙たがれる。

 そんな自分は、もうハンターを辞めるべきなんじゃないかと不安で胸がはち切れそうになっている。


「私はハンターとしての素質が無いんでしょうか」


 チームを追い出されたあの日からずっと燻っていた不安の種。

 無能で役立たずのお荷物だから見放されたんじゃないか。

 その答えをいまここではっきりさせる。

 リベリカは、進退を決する覚悟で相手の目を見捉えた。


 その覚悟に呼応するように、サン・ラモンもまた真剣な眼差しを向け、おもむろに口を開いた。


「……正直に言って、君の技術はまだ未熟だ。戦力としては不十分だと言える」


「はい」


「危険を顧みず衝動的に飛び出す癖もある。自分の身体を犠牲にする戦い方は目に余るところがあった」


「……はい」


 本当に何の忖度も、躊躇ためらいもなく厳しい評価を突きつけられる。


 サン・ラモンの言う通り、自分は命令を無視して独断専行する節があった。

 それは自分の流儀――人を救うためのハンターであること――を優先していたからだが、結果、それが原因でクエストでの成果を挙げてこられなかった。

 アリーシャのような強者であればともかく、凡庸な人間が自分のやり方を貫こうと我儘を続けていた。

 それを考えれば、自分は見限られて当然だ。


「だが……」


 やはり自分には素質がないんだ。

 そう諦めをつけようとした折に、語りかけてくる声が柔らかくなり、リベリカは顔を上げる。


「お前には気概と決断力がある。私が知る者の中で君にしかない強みだ。そんな君が自分を卑下してしまっているとすれば、それは私の過失だ」


 その時、リベリカはなぜかこれまでの日々を思い出していた。


 厄災龍に土地を枯らされ、貴族としての立場を失ったあの日。

 家の復権のため、学院を辞めてハンターになることを決意した日。

 仲間に裏切られチームから追い出された日。

 そして、アリーシャと出会い、そして自分では埋めることのできない実力差を思い知った日。


 これまで幾多の辛い日々が流れていった。

 自分には何の取り柄もないと悩みながら、それでも強くなることを諦めきれなかった。


「だから、改めて、私の本心を伝えておきたい」


 アリーシャに励まされても埋まらなかった心の穴があった。

 自分はハンターであっていいと肯定できる拠り所がほしかった。

 欲していた言葉は慰めなんかじゃなかった。

 本当に言ってほしかった言葉は。


「君は立派なハンターになれる。私は本当に惜しい部下を失った」


 その言葉を胸の奥底で受け止めて、リベリカは心を決めた。

 自分はもっと強くなる。

 そして、もっともっと後悔させてみせる。


「今まで、お世話になりました」


 かつての上司に頭を下げる。

 もう過去に縛られたりはしない。


 そして、今度は仲間の元へと戻って行く。

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