44話 会食

 王都内、某所。

 平民は無論、貴族ですら限られたものしかお目に掛れない会員制の料亭。

 

 見渡すほど広い鉄板を目の前に据えたカウンターを囲むように革張りの椅子が並べられており、そこに初老を迎えて久しい7名の男が座している。

 彼らの静かな視線は、透き通る脂を溶かしながら焼けていく分厚い肉塊へと注がれていた。


「いかがでしょう。皆様のお口に合うとよいのですが」


 その中ではもっとも年若い紳士――が促すと、男達は切り分けられたステーキを優雅に口元へと運んでいく。

 各々、口の中で肉をゆっくりと咀嚼し、勿体ぶるように飲み込むと満足そうな笑みを浮かべた。


「やはり美味い肉は鉄板に限るな」

「まったく同感」

「今宵は良い会食が期待できそうですな」


 恭しく頭を下げて、「ありがとうございます」と安堵した素振りを見せるが、内心では端から憂慮などしてはいない。


 この会食に集めたのは各地域を管轄するギルドの長たる人物たち。

 そんな彼らの肥えた舌をも巻くような最高級の店と食材を用意したのだ。

 まだギルドマスターに成りたてのカスティージョにとって、今回の出費は痛くもかゆくもないと言えば噓になるが、自らの交渉を円滑に進めるためには必要な経費だ。


 その交渉相手のひとり、白髪髭を蓄えた最高齢のギルドマスターが、ステーキを飲み下しておもむろに話しかけてきた。


「最近は目覚ましい実績を積んでいるようじゃないか。あのギルドを生まれ変わらせた君の手腕は見事なものだ」


「畏れ多いお言葉、ありがとうございます。これも皆様のご指導、ご鞭撻の賜物です」


「つい先日も亜種個体の討伐に成功したと聞いたぞ。まさか、あのギルドにそんな優秀な人材がいたとはな」


「或いは、新しい右腕を雇った……とか?」


 薄暗い店内の中でギルドマスター達の詮索するような視線を感じて、カスティージョはステーキを口に運ぶ手を止め、悠然と首を左右に振った。


「いえいえ、活躍したのは以前から所属しているサン・ラモンという男です」


「サン・ラモン……。ああ、彼か。てっきり先代の腰巾着だと侮っていたが」


「まさに道具は使いよう、ということですな」


「言い得て妙かと」


 クツクツと男たちの笑い声が店内に充満する。

 ギルドマスターたちにとって、ギルドの評価は己の評価も同然。

 互いに上位のポジション―― 王立騎士団 幹部 ――への昇進という野心を抱いている彼らにとって、他所のギルドが実績を上げて出し抜くのは面白くない。

 しかも、それがカスティージョのような新人であればなおさらだ。


 この既得権益にまみれ硬直した組織の中で、カスティージョが更に上へと上り詰める方策は一般的に言えば二種類。

 1つ目は、今の立場を維持することに専念し、自分の席次が回ってくるまでひたすら時機を待つこと。

 2つ目は、組織の中のキーマンの後ろ盾を得て、自分の昇進を早めてもらうよう働きかけること。


 しかし、カスティージョに言わせれば、そのどちらにしても

 そもそも、この老人共がすんなりと異物である彼カスティージョを受け入れるはずがない。


 ひとりのギルドマスターが追加で焼かせていた肉をフォークでつつきながら、話を持ち掛けてきた。


「どうだ、そのサン・ラモン、うちのギルドへ移籍させるというのは。もちろん、それ相応の見返りは用意しよう」


「彼の移籍、ですか……」


 一考する様子を見せるカスティージョに、周囲のギルドマスターから腹の内を探る様な視線が集まってくる。

 もしも前向きに検討するような反応であれば、オークションとばかりに大金を詰んで横取りしようという魂胆だろう。


 それを察した上で、カスティージョは静かに、けれどはっきりと回答した。


「恐縮ではありますが、それは致しかねます」


「……なに?」


 最年少の男のまるで立場を弁えない発言で空気が一瞬にして張り詰める。

 しかし、カスティージョは全く臆することなく淡々と続けた。


「実を申しますと、先の現場でのでございます」


「ほぉ? なるほど、それは気の毒な。回復の見込みは?」


「当分の間は無理かと。療養のためさせることに致しましたので」


 あからさまな安堵のこもった吐息が方々から聞こえてくる。

 ギルドのパワーバランスを崩しかねない強力な手駒てごまとはいえ、使い物にならないであれば脅威ではない。

 そう判断したらしく、ギルドマスターたちは止めていた手をふたたびステーキへと伸ばしはじめた。


「ハンターたるもの身体が資本だというのに。道具を壊されては商売上がったりですな」


 また別のギルドマスターがしたり顔で言うと、カスティージョはふふと鼻を鳴らして「ええ、全くです」と答える。


「どうした。何かおかしいなことでも?」


「いえ、失礼。心底、その通りだと。ギルドマスターとなってまだ間もない私奴わたくしめですが、管理職としてのもどかしさを痛感しているのですよ」


 カスティージョは両手のナイフとフォークを八の字にして皿に置き、ナプキンで口元を拭った。

 その所作につられるように周囲の食べる手も止まり、やがて彼へと視線が集中する。


「ご承知の通り、ギルドマスターの評価はギルドの研究成果やクエストの功績、ひいては所属するハンターたちのパフォーマンスで左右されます。言い換えれば、我々は、彼らに命の手綱を握られていると言ってもいい」


 付け足すように「全くもって不安定な立場だ」と締めくくると、周囲のギルドマスターたちは感心したように、或いは興味深く首肯した。

 己の成果を己の技術のみで生み出せるプレイヤーと比べて、マネージャーの成果には自分の力が及ばない不確定要素が多い。


 それはこの場にいる全員にとっての悩みの種だ。

 周囲の反応に確かな手応えを感じながら、さらに演説を続ける。


「そこで私は改めて考えたのです。本来の我々の使命は何か。その答えはシンプル。モンスターの脅威から人々や土地を守ることである、と」


 何を語りだすかと思えばただの綺麗事、若者の戯言か。既に程度を見切ったのか、周囲の視線の温度が急激に冷え込んでいく。

 その周囲の反応こそカスティージョの思惑通り。


「そして、その使命が果たせるのであれば、もはやだと」


 これまで水面下に潜めていた爆弾を、今宵、ここで披露する。

 自らの野心のため、さらに上へと上り詰めるための第三の方法。

 カスティージョがニヤリと笑う。


「ひとつ、皆さんにご提案があるのです」

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