40話 操り人形

 小型の飛竜と言って差し支えないランドラプターは、ひとたび人里に現れれば甚大な被害をもたらし、通常個体ですら討伐は決して容易ではなく、故に各地のギルドで危険視されている。


 その亜種個体となれば危険度は並大抵のものではない。

 比喩でもなんでもなく人間など足元にも及ばない巨大な生き物が、空に翼を広げ、大地を踏み荒らしているのだ。

 そんな光景は恐怖以外の何物でもない。


 どれだけ強固な防具で身を固めようと、どれだけ強力な武器を手にしようと、狩人ハンターとて所詮はただのヒト。

 人間の地力などモンスターのそれには遥かに及ばない。


 けれど、だからこそ。

 狩人として討伐依頼を引き受けた自分たちがモンスターの被害を食い止めなければならない。


「3、2、1……、いまっ!!」


 アリーシャと秒読みを重ね、サン・ラモンは前に飛び出した。

 視界の中でどんどん大きさを増すモンスターの姿。

 一度は敗北を認め、逃げ出そうとした相手だ。嫌でも背筋に怖気が走る。


「おらぁぁ! こっち向けトリ野郎ッ!!」


 すぐ隣で並走するアリーシャが、ランドラプターを挑発するように大声をあげた。

 小型モンスターであればともかく、この強敵に向かってヘイトを買うなんて自殺行為だ。



 だというのに、アリーシャは狙いどおりにランドラプターの視線を釘付けにするとニヤリと笑っている。

 自分よりも遥かに若く、狩人としての経験年数も遥かに短いはずなのに、まるでこの戦いを楽しむ余裕すらあるように。


「おっさんは後ろ側に回って!」


「了解!」


 指示に従ってサン・ラモンはランドラプターの背面に回り込んだ。

 彼女が提案した作戦は、一方がおとりとして注意を引き、攻撃を受けとめて、その隙にもう一方が死角から弱点を突く方法。

 大型モンスターの討伐方法としては一般的で、故に連携の要領は聞かずとも分かっている。


 つまり作戦はシンプル。

 だが、同時にそれが問題でもある。


「ポジションについたぞ!」


 背中側に回り込めたサン・ラモンは、その場で槍を展開する。

 あとはランドラプターが隙を見せ、弱点である翼下の脇腹を露出するタイミングさえあればいい。


 しかし、それが一番の問題なのだ。


 そもそも動きの読みづらい未知のモンスターの攻撃を凌ぎ、隙を作ることが至難の業。

 しかも、亜種の弱点部位は通常個体のそれと比べて遥かに有効範囲が狭い。少しでも攻撃がズレると強固な鱗に容易く弾かれてしまう。


 実際、精鋭の槍使いを集めた5人掛かりで挑んでも、一度も亜種の弱点に攻撃を与えることはできなかったのだ。


 ここから自分はどうすればいい?

 土壇場になって自分の力の限界を思い知る。

 攻撃に専念できると言っても、常に動き回るモンスターの急所だけを狙って攻撃を当てられるはずがない。


 せめて一瞬でもモンスターの動きがとまれば――、


「ぼさっとしてない! いくよ!!」


 アリーシャが叱咤するように叫ぶ。

 いく? なにが?

 疑問が浮かぶと同時。


 キィィィンッとけたたましい金属音が森の中で木霊した。


 直後、大振りに弾かれたランドラプターの翼が跳ね上がる。

 ついぞ一度も拝むことができなかった弱点部位。

 それがサン・ラモンの真正面に絶好の的となって現れる。


「突け!!」


 まるで言霊に操られるように脊髄反射で真正面に槍を突き出した。

 薄い鱗を貫通する確かな手応えと共に、ランドラプターが苦痛の声を上げる。


「次、右に30度!」


 再びアリーシャの声。

 続いて盾が高らかと鳴り響く。

 ランドラプターの体躯が揺れ、右足が後退し、広がった翼の下に弱点部位が露出する。


 その位置は、サン・ラモンから見て本当に斜め30度の方向。

 難なく腕を突き出せば、再びモンスターの急所に槍が突き刺さり、ランドラプターが小物めいた悲鳴を上げる。


 こんな奇跡のような連携攻撃が何度も続くはずがない。

 未だに起きている事態が信じられないサン・ラモンに向けて、


「左に30度!」


 またも指示が飛んでくる。

 従うように槍を突き出せば、そこにモンスターの弱点が現れる。


 サン・ラモンにも槍の技術に自信はある。

 しかし、流石に百発百中でモンスターの弱点を突き続けられるようなレベルではないとは自覚している。


 であれば、土壇場で自分の能力が覚醒したのか。

 否、そんなことはあり得ない。

 自分の限界は自分が一番よく分かっている。


「左に45度!」


 一度ならず、二度も三度も成功する。

 もはや、これは奇跡でも偶然でもない。

 アリーシャが実力で作り出している必然だ。 


 彼女が行っているパリィは、モンスターの攻撃を弾いて態勢を崩させ、反撃の隙を作る技術。

 それは重槍使いにとって基本的な技術ではあるが、彼女はそれを異常の精密さで繰り返している。


 つまり、単に攻撃を弾くだけでなく、彼女は攻撃手のリーチに収まるようにモンスターの身体を跳ね返しているのだ。

 しかも弾いたモンスターの反動を凄まじい精度と速さで見極め、それを攻撃手に伝えている。


 それはもはや未来予知に匹敵するレベルの予測。

 モンスターの動きを正確に予測し、こちらが正確に攻撃を繰り出せば、必ずダメージを与えられる。

 これが話の上ならば、そんな芸当は机上の空論だと笑い飛ばしただろう。


「右に15度!」


 だが、事実として彼女はそれを何度も再現しているのだ。

 アリーシャの指示通りに槍を斜め前に突き出す。

 やはりそこへランドラプターの弱点が現れる。


「左に45度!」


 いったいこの少女は何者だ。

 本職は太刀使いではないのか。

 そうでありながら槍を使えるだけでも、年齢に不相応な実力。

 だのに、その槍と盾を使ってここまで繊細にモンスターの動きを操れるなど、生粋の槍使いである自分でも到底不可能だ。


「おっさん、次の一撃でとどめ刺してね」


 純白の衣装を翻し、金色の髪が風になびく。

 少女が華麗に盾を振りかざし、今日一番の高らかとした金属音が響き渡った。

 ランドラプターの上体が大きく持ちあがる。


「ラスト、斜め上45度!」


 もはや、一切の疑いも迷いも抱く余地はなかった。

 指示されるがまま、渾身の力を込めて己が槍を突き出す。

 予言は必中。


 ランドラプター亜種はその一撃で絶命した。



 本当に狩った。勝った。

 勝利の余韻というよりも、信じがたい現実を受け止める方が大変だ。


 サン・ラモンが武器を収めることも忘れ、茫然とモンスターの遺体を見つめていると、後方から騒がしい足音が聞こえてきた。

 やってきたのは配下のチームの救援部隊。

 先に打ち上げていた救難信号に気づいてやって来たようだが、時すでに遅し。


「まさか本当に亜種を討伐するなんて!」

「さすがサン・ラモン隊長!」


 ランドラプターの遺体を前に、一部始終を知らないハンターたちが口々に賞賛の声を上げる。

 確かに傷を与えたのも、最後の一撃を放ったのも自分。

 だが、もはやあの時の自分は彼女の操り人形に過ぎなかった。

 間違いなく今回のクエスト成功の功績はアリーシャに与えられるべきものだ。


 そう言えば、件の少女はどこに?

 サン・ラモンが周囲を見渡すと、なぜか不機嫌そうにしているリベリカを適当にあしらって、こちらにやってくるアリーシャの姿を発見した。


 いったい何を言われるのだろうか。

 というより、何を言われても返す言葉が無い。


 適当な理由をつけて部下をはけさせ、サン・ラモンはやってきたアリーシャと一対一で対面した。


「どうした、皮肉でも言いに来たのか」


 開口一番に礼ではなく嫌味を言ってしまった自分が情けなくなる。

 だが、正直なところそれほどまでにプライドがすり減っていた。

 下手をすれば自分の娘とも言えるほど歳の離れた少女に、操り人形として使われたようなものなのだ。


 物憂げな表情で答えを待っていると、アリーシャはきょとんとした顔で小首を傾げた。


「いや別に。一応お礼を言いに来ただけだけど?」

「お礼……?」

「槍の使い方。ちゃんと狙い通りに弱点刺してくれたし、けっこう勉強になったよ」


 最後に「ありがとね」とだけ付け足すと、アリーシャはひらりと手を振って背を向けた。

 感謝も謝罪も口にすべきはむしろこちら側。

 だのに、彼女は何も気にしないようにあっさりと帰っていく。


 自分はこの借りをどうやって返せばいい?

 サン・ラモンが立ち尽くして逡巡していると、数歩だけ歩いて立ち止まったアリーシャが不意に「あ、そうだ」と振り返った。


 遠くから心配そうな顔でこちらを見ているもう一人の少女にバレないように、こっそりと指を差す。


「助けてもらったお礼、あの子にはちゃんと言ってあげてね」


 アリーシャはそれだけ言い残して今度こそ相棒の元へと急いで駆け戻っていった。

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