27話 斬新な提案

「以上をもって本日のカンファレンスを終了します」


 毎週恒例の狩猟会議ハンティングカンファレンスが閉会すると、会場に参集していたハンター達は各々の予定に従って動き出した。


 ある者たちは仲間を連れだって昼食に。

 ある者たちは武器や防具の新調に。

 各々、意気揚々とした足取りでギルドを飛び出していく。


 またある者たちは、カンファレンスで勝ち取ったクエストの依頼書を中心に円陣を組み、


「リーダーやりましたね! 狩猟依頼クエストゲットですよ」

「今回はお前の提案した戦術が評価された結果だな」

「やったな!」

「クエスト本番でも期待してるぞ!」

「はい、頑張ります!!」


 そんな風に仲睦まじく激励を飛ばしあっている。


 ……そんなハンター達の様子を、椅子に座って無気力に眺めている少女がふたり。


「ねえ、リベリカ」

「なんですか。アリーシャさん」


 椅子にべったり腰を張り付かせたまま、アリーシャが抑揚のない声を出した。


「アタシたち、ひとつも案件取れてないねえ」

「そうですね」

「ふたりでチーム組んでからどれくらい経ったっけ?」

「もう3週間ですね。カンファレンスは4回ありました。で、受注できた狩猟依頼クエストはゼロです」

「アタシたちだってちゃんと提案してるのに、なーんで案件取れないんだろうねえ」

「アリーシャさんは原因に心当たり無いんですか」


 げんなりとした口調で問うと「うん」と能天気な相槌が返ってくる。

 リベリカはその反応にかっくりと肩を落としながら、手元の資料 ――今日のカンファレンスのために準備した狩猟の提案書―― を広げてみせた。


 今日のカンファレンスで争点となったのは、熊型モンスターの狩猟依頼。

 アリーシャとリベリカもこの依頼をゲットしようと提案を準備してきたのだが、結果としてこの案件を獲得したのは先ほど円陣を組んで喜んでいたチームだ。


 リベリカが持つ提案書に目を向けたアリーシャが素っ頓狂な声を出す。


「アタシたちの狩猟提案書じゃん。それが?」

「ここに書いてる”狩猟計画”の部分、アリーシャさんが書きましたよね」

「そうだけど。……え、まさかそれが原因って言いたいわけ?」

「そのまさか以外に何があるって言うんですか」


 リベリカがため息交じりの愚痴を漏らしながら提案書の一か所を指さした。

 ”狩猟計画”とは「ターゲットをチームでどのように狩猟するのか」という内容で、各チームの知見と技術、創意工夫がもっとも強く反映される部分。

 この”狩猟計画”の提案の良し悪しが、案件獲得の成否に直結すると言っても過言ではない。


 アリーシャは心外だと言わんばかりに手を左右に振って、


「いやいやいや、アタシちゃんと考えて作戦書いてるよ。それよりもリベリカのプレゼンが原因じゃない? 今日だって途中でどもってたし」

「そりゃ言い淀むに決まってるじゃないですか! 会議直前ギリギリまで粘って書いて渡してきたくせに、なんなんですかこの作戦⁉」


 ついに何かリミッターが外れたようにリベリカは大声を出し、提案書を手でパシパシ叩く。

 アリーシャはその迫力に気圧されながら、両手を突き出してリベリカを制止して弁明する。


「い、一応、モンスターの生態を逆手に取った一番効率のいい作戦……のつもりなんですけど」

「そ・れ・が! 斬新すぎるんですよ!」

「斬新すぎって、ちなみにどの辺が……」 

「全部! って言いたいところなんですけど、強いて絞って言えばここです」


 リベリカが指さした部分は、標的の熊型モンスターを探索する方法が書かれた箇所。

 

「”熊の大好物の蜂蜜を100キロ用意。適当な木の根元に置いておき、モンスターが現れるまで待つ”……ってなんですか‼ 意味わかんないんですけど‼」

「書いてるそのまんまだけど」

「蜂蜜って高級品なんですよ⁉ それを100キロってふざけてるんですかッ⁉ プレゼンで意味わかんないまま読んでましたし、おかげで笑い者でしたよ‼」


 言い募っているうちに、クスクス笑われていた光景が思い出されてリベリカは羞恥に頭を抱えたくなる。

 前回のカンファレンスでもアリーシャが提案する作戦には奇想天外さの片鱗こそ見えていたが、それはまだ常識の範囲内だったのだ。


 ため息をつくリベリカの機嫌を伺うように、アリーシャが遠慮がちに口を開く。


「次はもっと派手な作戦にしてってご要望通りに考えたんですけど……」

「私は『もっと鮮やかで目を引くような作戦を考えてほしい』ってお願いしたんです。誰が高級蜂蜜100キロ塗りたくれって言いましたか⁉」

「すみましぇん……」


 アリーシャの狩猟技術と経験は比べ物にならないほど豊富なはず。

 だから、その実力を買って作戦の提案部分を彼女に執筆を任せていたのだが……いよいよそれが間違いだったと確信した。

 リベリカは心を決めて、ダンっと床を踏み鳴らして立ち上がる。


「分かりました。次は私も考えます」

「リベリカが? 作戦を?」

「そうです、だからついてきてください」

「えっと、どこに」

「図書室です」

「トショシツ」


 アリーシャが不思議そうに首を傾げているのもお構いなしに、リベリカは彼女の手を取って会場の出口に向かっていく。


「私たちには戦術に関する基礎知識が圧倒的に足りてません。だから一緒に勉強しに行きましょう」

「それ座学じゃん! いやだぁあああ、勉強いやあああああ」

「ダメです一緒に勉強してください。次のクエストの作戦も図書室で考えましょう」


 必死で抵抗するアリーシャをずるずる引きずりながら、ギルドの廊下をずんずん歩く。


「せめてお昼ご飯たべてからぁぁあ」


 アリーシャの悲壮な叫び声が廊下に木霊こだました。

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