18話 百合の狩人(二分咲き)

 チュンチュンと鳴く小鳥のさえずりを耳にして、リベリカはまぶたの向こう側が明るくなっていることに気がついた。


 全身にずっしりと覆い被さるベール。

 おかげで手足の先までぽかぽかと温もっていて、包み込まれるような安心感があって心地よい。

 幼い頃に味わっていたあの滑らかさ……には遠く及ばないが、生地は適度に柔らかく癖になる肌触りだ。


 兎にも角にも、寝具の感触も身心の温もりも昨日までのそれとは全く違う……のだが、その理由を考えるのは後回しにしようと思考を放棄する。

 それよりも今はこの快感に少しでも長く浸っていたい。


 リベリカは久しく味わっていなかった安らかな惰眠を引き伸ばすべく、布団を引っ張り顔を埋めようとして、


「おっはよー! 朝ですよぉぉぉ!!!」


「ひゃぁっ!?」


 思いっきりその布団を引き剥がされた。

 無防備になった身体に木枯らしのような冷気が吹き付ける。

 驚きを通り越して身の危険を直感したリベリカが目を開けると、そこにはブロンドヘアーを垂らしてニヤニヤとした目で自分を見下ろしている少女の顔があった。


「アリーシャ……さん?」


 リベリカの脳は唐突な目覚めで混乱しているものの、目の前の少女の名前だけはなんとか特定した。

 だが、寒さのあまり体は起き上がれそうにない。

 リベリカは仰向けの体勢でお腹を手で隠しながら、状況整理するべく会話を試みる。


「あの、なんでニヤニヤしてるんですか」


「だってそりゃ眼福ですからぁ」


「がん、ぷく?」


「リベリカちゃん、めっちゃ着痩きやせするんだねぇ。お姉さんにちょーっと触らせて?」


 いったい何を……と口にするよりも先だった。

 すうっと伸びてきたアリーシャの手がぴとりと胸に触れてきた。

 ネグリジェ――下着を兼ねた寝巻き――越しではあるが、生地が薄いので肌を直に触られているかのように手の平の温もりが伝わる。

 

「すごいッ、手から溢れるんだけど!?」


「ちょっ!?」


 鷲掴わしづかみにされる。

 二揉み、三揉み。

 細くてしなやかな指が無遠慮に沈みこんでくる。


「ていうか下着の上からなのになんでこんなに柔らか――」


「このへんったいッッ!」


「あばァッッ!!」


 ようやく我に返ったリベリカ渾身のアッパーカットが炸裂。

 アリーシャはあっけなく後ろに倒れこんでノックダウン。

 リベリカは寒さと痴漢から身を隠すため急いで布団に潜り直す。


「ほんとにもう、朝からなんなんですか!」


 既に手は離れているというのに、べったりとした感触が離れない。

 感じたことのない初めての感覚に戸惑いを覚えながら、リベリカはつい荒くなった呼吸を整える。


 ただ、今のひと悶着のおかげで脳は完全に覚醒した。

 リベリカは床でノビているアリーシャを横目に見つつ、改めて今の状況を思い出す。


 自分が寝ている見慣れない部屋。ここは……アリーシャが住んでいるゲストハウスの一室だ。

 昨日の賢狼獣クルークウルフのクエストが終了したあと、いろいろな面倒があったこともあり、アリーシャに勧められてしばらくここで厄介になることを決めたのだ。


 しばらくといってもギルドから次の招集がかかるまでの間だけ。

 普通はクエスト翌日に結果報告や人事評価に関する会議が行われるが、今回はギルドマスターが腰を抜かして療養中のため、会議が延期されるとのことだった。


 そしてその会議で、またも独断行動を起こしたリベリカたちの処遇が発表されることになる。


 せいぜい数日のうちに会議は行われるはず。

 だからここに居候するのもそれまで……、と悶々と考えていたリベリカはふと気が付いた。


「あれ、アリーシャさん……?」


 床に仰向けでノビているアリーシャがピクリともしない。

 これ、やばいやつなのでは。


「アリーシャさん!? 大丈夫ですか!?」


 ベッドから飛び起きたリベリカがアリーシャを揺さぶり声をかける。

 賢狼獣クルークウルフを一撃で仕留めてしまうような屈強な彼女が、寝起きの乙女パンチで逝ってしまうはずがない……。


 そう信じてアリーシャを呼び戻すリベリカ。

 結局、彼女の大声で気付いたパーカスも駆けつけて介抱した結果、アリーシャは黄泉の国への入国直前でこちらの世界へ帰還した。

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