第14話 スレン城


 鉄仮面の女騎士ナディアは、王直轄地の街道沿いに魔物があらわれたと報告を受け、馬を走らせた。


「ここか、オーガがあらわれたという道は」


「はッ! そうであります。ナディア様!」


 ナディアが尋ねると、かしこまった駐在がそう答える。


 魔物は魔境でなくともしばしば出現する。


 だからこそ領内にも砦があり、駐在がおり、町々にも冒険者ギルドが設置されているわけだが……


 しかし、オーガのような巨大モンスターが街道沿いなどに出現するのは極めてまれなことだった。


「オーガは決して弱いモンスターではない。どのように倒したのだ?」


「それがたまたま馬車に冒険者が乗り合わせていたようでして……」


 駐在が言うには、その冒険者三人がオーガを倒したという。


「冒険者が? 彼らは名が知れているのか?」


「いいえ。しかし、今回のことで名をあげることでしょう」


「ふむ……」


 女騎士は鋼鉄の顔をキラリと光らせて考えこむ。


(ヤツに違いない……)


 彼女の脳裏には先日関所で出会った男が浮かんだ。


「いかがなさいましたか、ナディア様」


「いいや、なんでもない。ご苦労だったな」


「はッ!」


 どちらにせよ行く場所はわかっている。


 戦争があり、召集がかかっているのだ。


 城へ行けばきっとまた会えるはず。


「ククク、アーノルド殿。逃れられぬぞ」


 女騎士はそうつぶやいて馬で駆けて行った。



 ◇ ◆ ◇



 朝に目を覚ますと、俺は知らない毛布の中にいた。


「ん……んん」


「くーZzzz……」


 ふと、毛布の中に女たちの寝息が聞こえてハッと身を起こすと、昨日のやさしい母娘おやこが左右に裸の肩をかいまみえさせて眠っている。


 30絡みの母の肩は女を香らせ、14歳の娘の肩も年齢の割に大人びていた。


「やれやれ……」


 俺は昨晩のことを思い出してため息をつく。


 成りゆき上とは言え、男としてこの母娘おやこの経済的面倒を見てやらないわけにはいかなくなった。


 しかし、今すぐにというのは難しい。


 俺は母娘おやこを起こさぬようにそっと起きると、一飯一宿の礼と「また来る」むねの書置きをして家を去った。


 チュンチュン……


 街路樹にさえずる小鳥たち。


 王都は城下町である。


 市場から戻る仕入しいびと鎧戸よろいどを上げる商店の人々を横目に見ながら、俺は城へ向かって歩いていく。


 ゲームの中ではそんな膨大な人々の細かな生活が存在するはずもない。


 やはりこの世界はゲームのようでいて『世界』なのだと改めてホッとする。


「ここはスレン城だ」


 さて、城門につくと左右に門兵が立ちはだかっていたので、俺は前回の教訓からまっさきに証文を出して見せた。


「おお。これは遠方の領地からご足労痛み入ります。して、貴公の兵は?」


「あ、すいません。うちの領地は小さいもので、俺ひとりなんです」


「はあ? ひとり??」


 左の兵に話が通じないところ、右の兵が彼にそっと耳打ちする。


 すると、左の兵は「ああ、あの辺境の……」とほくそ笑んで言った。


「あ、どうぞ、こちらです。……ぷっ(笑)」


 なんだこいつ?


 ずいぶん感じ悪くね?


 そう思いながらも兵士についていくと大理石の広間に案内され、そこには他の領主らしき人間が集まっていた。


 ざわ……ざわざわ……


 着ているものが街の人々と明らかに違う。


 ギトギトに宝石のちりばめられたマント、飾りばかりが過多な剣。


 けばけばしくて趣味が悪い。


 場の空気もよどむようだ。


 で、そんな連中が俺の存在に気付くとドヤドヤ集まってくるのだった。


「おや? キサマ見ぬ顔だな? 新顔か?」


「どこの領地を治めておるのだ?」


 俺は素直に父トルティから領主を継いだダダリ領主であると答えた。


「トルティの? くたばったとは聞いておったが……」


「あんな飲んだくれにも、いっちょまえに跡を継ぐような息子がおったのだなあ」


 領主たちはニヤニヤしながら俺を取り囲んで続ける。


「ククク……あの男の後継なら、やはり貴公も一兵での参戦かな?」


「まッ、せいぜい奮起なされよ」


 一同ドッと笑う。


 最後のヤツの台詞がウケたらしい。


 なんちゅう嫌なヤツらだ。


 オヤジが飲んだくれる気持ちもわかるぜ……


「チッ……別に、領主一兵でも働きが十分なら文句ないはずだろ」


 俺はアタマに来てついこんなことを言う。


「おふくろからは『オヤジはたとえ一兵だったとしても立派に働いてきた』と聞いている。大事なのは兵の数より王への忠誠じゃねえのか?」


「ふん、ガキがほざきおる」


「父と似て口だけは達者だな」


「……口だけかどうか試してみるかよ?」


 そう言い返して連中の方へグイッと進み出でる。


 が、その時だ。


「女王陛下のおなーりー!」


 兵の掛け声で、今までニヤけていた連中が一斉にひざまずく。


 あれ……なんかやばい?


 俺はキョロキョロと周りを見ると、真似をして片膝をつき頭を垂れた。



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