第百八十話 新生・おそうざい食堂③
新しいおそうざい食堂は、大盛況だった。
場所が変わったことで人々に動揺や混乱が広がるのでは、と
おかげで混乱もなく、広くなった場所で人々は楽しそうに長卓子を囲んでいる。
「香織の作ったお惣菜があればどこだって『おそうざい食堂』になる!」
人々は口を揃えて、おそうざい食堂の移転を喜んでくれた。それも香織にとっては救われることだった。
今日の献立は、
けんちん汁、青菜の胡麻和え、肉まんあんまん(中村屋風)、大根と鶏肉のこっくり味噌煮
華老師宅のご近所さんはもちろん、建安の内外から評判を聞きつけて来てくれた人々まで、今日もたくさんの人がおそうざい食堂に来て長卓子を囲んでいる。
人々は知っている人とも初めて会った人とも、楽しそうに会話をしながら食卓を囲んでいる。
「よかった……来てくれる人たちが、また笑ってご飯を食べられて」
香織は、仮の厨で調理しながら人々の様子を見てホッとしていた。
煉瓦造りの厨はまだ完成しておらず、野外に設営された仮の厨からは人々が食べている姿がよく見える。
長卓子や椅子の数は今までの倍以上に増やしたので、お客さんを待たせることもなくなった。それでも、いちばん混む昼時にはお客さんが出ては入り、席が冷たくなることはない。
「香織、卓子に置く泡菜とマヨネーズが足りないかも」
配膳から戻ってきた青嵐が言った。
青嵐は近所の有志の人たちを集めて、配膳を取り仕切ってくれている。
「そっか。じゃあ、わたし取りに行ってくるね」
泡菜の壺など、まだ華老師の家から移しきれてないものもあり、香織は時折、調理の合間を縫っては華老師の家へ戻ることがあった。
「明日でいいんじゃないか? 香織、昼飯まだだろう? 今、華老師と小英も到着したところだ」
華老師と小英はこのところ、往診が終わると西の広場へ来て、昼食を取る。
規模が大きくなったぶん、営業時間も長くなったので、今は吉兆楼の手伝いもお休みして昼過ぎまで香織も青嵐もここにいる。だから仕事の合間に昼食を取るのだが、タイミングが合えば華老師たちと一緒に食べられた。
「先に食べてて。胡椒とか包子の生地とか、他にも取ってきたい物があるから。わたしは華老師の家で荷を積みながら適当に食べるわ」
「だいじょうぶか?」
「もう竈の火も消したし、お客さんも減ってくる時間だから。ここは青嵐たちにお願いして荷物をたくさん取ってくることにする。いいかな?」
香織は人にうまく頼み事ができるようになっていた。青嵐はうれしそうにうなずく。
「おう、任せてくれ。じゃあ、気を付けてな」
「あ、香織! なんだ、家に戻るのか?」
席についた小英が手を振っている。
「ええ。荷を揃えてまた戻ってくるわ」
「お、やった! じゃあ帰りは俺たちも馬車に乗せてもらえますね、華老師!」
「むう、それはありがたいが、わしらのことは気にせず、作業をちゃんと終えてから戻ってくるのじゃよ」
「はい! でも、馬車には一緒に乘りましょう。とっても乗り心地がいいですよ!」
香織は笑って、馬車乗り場にまだ残っている一台に乗った。
こうやって華老師の家へ道具や調味料を取りに行くことがまだ多いので、馬車は本当に便利で助かる。
「ほんと、紅蘭様に感謝しなくちゃね」
二十台もの馬車を即座に用意するなど蔡家でなくてはできない神業、と後で華老師や胡蝶に言われ、香織は今さらながら自分のお願いの大変さに気付いて顔を青くしたものだ。
馬車だと西の広場から下町まで、あっという間に華老師の家へ着くのも、ありがたかった。
門をくぐって、香織は足を止めた。
「厨に、誰かいる……」
何やら、厨から物音がしている。
「ど、どうしよう、盗賊……?」
どっどっど、と頭の中で心臓が鳴る。
汗がにじむ手に、門の傍に立てかけていた箒をしっかり握った。
そのまま、足音を忍ばせて厨の戸口に立つと――。
「…………耀藍、さま…………?」
時間が、止まった気がした。
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