第百七十二話 王と鴻樹の内緒話の行方
「……というわけで、芭帝国の間諜は手を引いたと思われます」
夕刻。
王の執務室へ報告へやって来た鴻樹は、いつものように念入りな人払いをしてから、行方不明の王女を確保した件について報告していた。
「なるほどね。まあ、彼らが追っていたのが政治的な人物ではなく、あくまで皇太子が見初めた女人だから、このまま野放しでもいいかなとは思うけど」
「はい。洸燕とやらは佳蓮様と香織さんを暴漢から助けてくれましたので、野放しでチャラかな、と」
鴻樹は去っていく洸燕と冷葉に追手をかけなかった。
危機に瀕する香織をあのように助けたところに、洸燕の個人的な心を見た気がしたからだ。
(きっとあの間諜も、香織さんの料理を食べたことがあるのかもしれない)
あの時、間諜としておそうざい食堂にやってきたのなら、むしろ放っておいてもよかったはず。
香織を助けたいと思ったのは、洸燕個人の思い。
きっと、香織の料理を食べて思うところがあったからかもしれない。
香織の料理には、そうやって人の心に訴えかける何かがある。
「ところで耀藍には言った?」
「いえ、まだです」
「ふ、ふ、ふ、そうかそうか」
亮賢は意味深に笑って、鴻樹に詰め寄る。
「じゃあさ、余がいるときに耀藍に話してよ。あの耀藍が驚いたり初々しく赤面したりするところがぜひ見たいぃ!」
「……いい御趣味ですね、亮賢様。しかし耀藍殿にお話する前に、お忘れになっていることがありませんか?」
それを聞いて、とたんに亮賢は暗い表情を浮かべる。
「そ、そうだ……佳蓮のことが残っていた。どうしよう鴻樹?! 香織が王城へ来てくれるとなると、佳蓮に説明する必要が……可愛い妹に目の前で泣かれたらどうしよう……ていうか、あの木刀がしなる音を聞くのはもっと怖いっ……」
本気でおびえる亮賢に、鴻樹は大きく息を吐いた。
「はあ……御安心ください。佳蓮様はもう、すべてご存じです」
「えっ」
「言っておきますけど! 場の流れでお話したまでですよ! 私が王の負担を肩代わりしたわけじゃないですよ!」
鴻樹の話を聞いているのかいないのか、亮賢はぱああ、と顔を輝かせ、鴻樹の手をがっちりつかむ。
「やっぱり頼りになるなあ、鴻樹は。さっすが余が一生の側近として選んだだけあるよね!」
「えっ……一生の側近?」
鴻樹の顔に、まんざらでもない表情が浮かぶ。
「うん、一生の側近だよ、鴻樹は。だからこれからも余が嫌だなーと思うことは率先して肩代わりしてくれかまわない。むしろしてほしい」
「は?! ですから! そういうつもりじゃなかったって言いましたよね!! 甘やかしたつもりは毛頭ないですからね!!」
「ああー余は幸せ者だあ、こんな有能で思いやりのある側近を持ってー」
「……ふ、それほどでも」
――こうやって王に乗せられて、おそらくこの先も若き宰相李鴻樹は王から無理難題を押しつけられることになるのだが。
それはまた、別の話。
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