第百八話 マニ族の塩でむすんだおにぎり
どうして、わたしはこの異世界に転生したんだろう。
そして
たくさんの人々との出会いの中で、
どうして、わたしはこの異世界に転生したんだろう、と。
「それは、わたしが人々のために料理をするためだわ」
これが、考え続けたことの答えだ。
おそうざい食堂を開き、吉兆楼で下ごしらえとまかないを作り、おにぎりや
この異世界でたくさんの料理を作り、美味しさで人々を笑顔にして、自分も笑顔になる。そのためにこれまで培ってきた主婦力をフル活用する。
前世、つらいことはたくさんあったけれど、そのための修行だったと思えば、前世のことも今では懐かしい思い出だ。
ところがここへきて、自分が
「ううん……考えてもしょうがないけど考えちゃうな……もうこなったら料理しまくるしかない!」
香織は炊きたての白飯を手早く木べらで混ぜ返し、湯気を少しだけ逃がす。
そうして、まな板に準備した桃色、黄色、空色の塩を前にして、手を一度しっかりと洗った。
「よし、むすぶわ!」
まずは桃色の塩から。塩を手に馴染ませ、くるっ、くるっ、と手のひらの中で白飯を転がす。すぐに周囲の音が聞こえなくなった。
気持ちが揺らぐときは、手を動かす。無心になる。
これは前世から香織が徹底していることだ。
思い悩んでも解決しないものは解決しないし、けれども生活時間は待ったなしで無情に進む。
だから悩みがあってもどんなに悲しくて打ちひしがれていても、手は動かす。
「……よし、できた」
いつの間にか、ザルの上にはずらりとおにぎりが並んだ。
羊剛からゆずってもらった、マニ族の塩で作ったおにぎりだ。
小さく作ったものを口に入れて、香織は驚きに目を見開く。
「すごい……塩がちがうだけで、こんなにちがう味わいになるなんて!」
淡い桃色の塩を使ったおにぎりは、柔らかい塩味の美味しさ。
淡い黄色の塩を使ったオニギリは、わずかに胡椒がきいたような美味しさ。
淡い空色の塩を使ったオニギリは、少量でもきりっとした塩味の美味しさ。
共通しているのは、あとを引く旨味がとても強いこと。
「おにぎりを食べているのに、お出汁を飲んでいるみたいな旨味だわ」
あっというまに試作を食べて、思わずザルに手が伸びかける。
「ううっだめだめ、これは吉兆楼と
耀藍は、来るだろうか。
あの夜以来、耀藍は姿を見せない。
あの夜、抱きしめられたときに香織は包みこんだ耀藍の芳香。優しく、けれど熱く口づけられた額。
「耀藍様……」
額にそっと手をあてていると、
「香織、往診に行ってくるが、体調に変化があればすぐに休むのじゃぞ」
華老師と小英が土間に降りてきたので、香織は慌てて振り向いた。
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