第六十六話 まかない勝負!
杏々は内心驚いた。
辛好の作るまかないは美味しいが、こんなに品数は多くない。
冷めても美味しいように、と辛好なりの配慮だろうか、余った食材を油で炒めて餡かけにしたものを白飯の上にかけて食べる、大きな器一つで済む料理だった。
「わたしのまかないをしばらく食べて、妓女さんたちが太ったり、きれいにならなかったら、わたしをクビにしていただいてかまいません」
「なっ……なんですって? あんた、自分の言ってることわかってんの?! あんた、ここで働きたいんじゃないわけ?!」
「はい、もちろん働きたいです。でも、杏々さんや妓女さんたちは、わたしがここで働くのは嫌なんですよね? なら、まかないの良し悪しで決めたらどうかと思ったんです」
「馬鹿じゃない? みんな、あんたのこと嫌いなんだから、あんたを辞めさせたければ、あんたのまかないはマズいって言うに決まってんじゃない!」
「そこを、公平に判断していただきたくて、この痩せてきれいになるためのまかないを、まずは杏々さんに食べてもらいたいんです」
「…………」
「痩せたい、きれいになりたい、という願いは、女性なら誰でも持っていると思います。美を競うお仕事をしていれば、なおさらででしょう。わたしは、妓女さんたちの願いを叶えるために作ったつもりです。そこでわたしがお役に立てないなら、辞めさせられても納得できます」
「……わかったわ」
杏々はまだ疑うような目をしているが、箸を手に取り、お盆を引きよせた。
「あんたがそこまで言うなら食べてやる。いいかい、これは勝負だ。あたしたちも公平に判断しようじゃないか。そのかわり、今の言葉忘れんじゃないわよ」
「はい!」
香織は内心、ガッツポーズをする。よかった、食べてもらえる。今ならまだ、少しずつでも食べることを再開すれば、杏々は拒食症にならずに済むだろう。
「器は、後で取りにきますね。では失礼します」
「……なによ、あいつ。辞めさせられそうだっていうのに、なんであんなにうれしそうなのかしら。バカなの?」
しかし辛辣な言葉とは裏腹に、
香織がもどってこないことを目の端で確認して「いただきます」と手を合わせた。
「……っ、美味しい……!」
青菜の胡麻和えを食べて、やはりと思う。
この胡麻和えは母が作ってくれた味に似ている。
甘味があるところが違うけれど、なんというか、青菜の水気や胡麻の合わせ方が絶妙なあたりが、母の作ったものを思い出させる。
食べたことのない、豆腐と卵とキノコの入った謎のトロトロ料理も、甘い味噌の付いた大根も、信じられないくらい美味しい。
好物の甘い物も我慢していた杏々にとって、甘味ある青菜の胡麻和えや甘い味噌は、甘美と言えるほどの味だった。
気が付けば、あっという間に器が空になっていた。
♢
「あら?」
しばらくして、厨の扉に、再びあのおかっぱの少女が現れた。
「どうしたの?」
「あい。ごちそうさまでしたと、
少女はお盆を差し出した。器は、きれいに空になっている。
「ありがとう。持ってきてくれたのね」
「あい」
「杏々さんの様子はどうかしら。具合悪くなったり、していない?」
「あい。杏々姐さんは、とても、とてもお元気でござんす」
少女は、にっこりと微笑んだ。
「よかった!」
香織はうれしくて思わず、少女の小さな手を取った。
吐いていないなら、拒食症にはなっていない。少しずつ食べれば、きっと元気になる。
「あい」
白いほっぺがほんのりピンク色になって、少女もうれしそうだった。
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