第二十七話 ポテトチップスとポテトフライと青菜のおひたし


「お待たせしました」


 香織が捧げた御膳を差し出すと、魯達ろたつのぎょろぎょろした目がさらに見開かれた。


「なんじゃあ、こりゃあ」

「ポテトチップスとポテトフライ、青菜のおひたしです」

「ぽて……なんだって?」

「じゃがいも料理ですよ。召し上がってみてください」


 ポテトチップスを作ったのは子どもたちが小さい頃以来だが、良い出来だと思う。ポテトフライも青菜のおひたしもいつも通りにできたと思う。


 しかし、いざ魯達の前に持ってくると不安が香織を襲う。


(これで美味しいって言ってもらえなかったら、あたし一生、この人にくっついてお酌しなきゃいけないのかしら……)


 ぶるぶるぶる。そんなのごめんだ。


(どうか、どうかっ、異世界の人にも、いや魯達様の口にも合いますようにっ)


 祈るような気持ちでじっと魯達を見上げた。

 魯達はポテトチップスを箸でつまみ、いろんな角度から眺める。魯達の護衛たちも穴の開くほど御膳を見ている。


「あのう、毒とかは入ってないんで、大丈夫ですよ」

 念のため言うと金剛力士像たちに睨まれた。うう、こわい。


 魯達は意を決したようにポテトチップスを口に放りこんだ!


 分厚い唇の上で、ぱり、とポテトチップスが割れる。

 ぱりぱりぱり。

 小気味よい音だけが、二十畳はあろうかという座敷に響く。


「あ、あの……?」


 刹那、魯達のぎょろ目が香織を捉えた。

 魯達がすっくと立ちあがり、巨体に似合わない動作でさっと歩いてくると、香織の襟首を掴み上げた。

「きゃあ?!」


(うそっ、失敗?!)


 やはり異世界人の口には合わなかったのだろうか――と全身から汗を拭き出したとき。


「この野郎っ、てめえ、この国のもんじゃねえな?!」

(ひええええ! ツッコむとこそこ?! ていうかなんでわかったの?!)

 襟首をつかんでぐい、と魯達が迫ってくる。

「てめえ、どこの国から来た」

「えっ、あの、その……」

 日本です、と言いそうになるのをグッとこらえて、

「芭帝国から、みたいです」

 嘘ではない。香織にはまったく覚えはないが、どうやらそういうことらしい。

「芭帝国だあ?! あの国にはこんな美味い物があるのかっ」

「…………へ?」

「この味、この食感。ありとあらゆる美味いもんを食ってきたこの俺様でも見たことも聞いたこともない料理だっ」


 どうやら、ほめているらしい。

 それがわかってホッとした香織は、引きつりながらも笑みを作った。


「あ、温かいうちに食べたほうがもっと美味しいですよ」

「そうなのかっ」


 魯達は香織を放すと席へ戻り、ポテトチップスを貪るように食べた。巨体が器用に箸を使って食べる姿がおかしくて、つい笑ってしまう。


「なんだっ、何がおかしいっ」

「ひゃ、いえ、あの……お口に合ったようでよかったな、と思いまして」


 魯達はハッとして、それから口をへの字に曲げた。


「正直、何を作ってこられても『まずい』って言う自信があったんだがな。この美食家の俺様を満足させるアテを作ろうなんて百年早い、小娘の戯言だと腹の中で笑っていた」


(そ、そうだったんだ……)

 今さらながらに冷や汗をかく。綱渡りだったんじゃないか。


「だが、こりゃ俺様の負けだ。おまえが作ったこの、ぽて……」

「ポテトチップスです」

「おう、ぽてとちっぷすとやらは間違いなく美味いし、斬新だ。こんな食い物は見たことがねえ」

「じゃあ……」

「ちょっと待ちな。結論を出すのはまだ早いぜ」


 魯達はポテトフライと青菜のおひたしにも箸を伸ばす。それぞれを口に運ぶたびに酒を飲んで頷いた。


「かなりな腕してやがんな。おめえ、故郷で料理人だったのかい」

「いえ、料理人ではないですけど……料理は好きです」

 魯達はうなった。

「料理人じゃなくてこの腕か。芭帝国の食事情は俺様が思っていたより水準が高いようだな」


 何か勘違いされているが、認めてもらえたならなんでもいい。


「では、約束は……」

「おう。おめえの勝ちだ。好きにしやがれ」


 飛び上がりたいのをこらえて「ありがとうございますっ」と畳に伏したとき、引き戸が開く音がした。


「まあまあ魯達様。お酒のアテをお持ちするのが遅れてしまいましたけど、必要なかったでしょうかねえ?」

 計ったようなタイミングで胡蝶が現れた。二胡のような楽器を携えた妓女を従えて部屋へ入ってくる。


(やった! この人から来てくれるなんてラッキーだわ!)


 胡蝶と話がしたかったが、おそらくこの吉兆楼の店主である胡蝶に会うのは一苦労だと思っていたところだ。

 香織にあからさまな敵意をぶつけてきた妓女たちのことを思い出すと、彼女たちに会わずしてここで胡蝶に会えたこのチャンスを逃すわけにいかない。


「とてもいい匂いがしておりますこと……これ、貴女が作ったんですってね?」

 胡蝶が艶やかに香織を振り返る。香織はその大輪の花のような麗貌を見上げて言った。

「はいっ、私が作りました! あの、突然ですが……私をここの厨房で雇っていただけないでしょうか?!」


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