第二十六話 おつまみ作ります!


「はあ? おつまみ??」

「はい。高級なお酒も、美味しいおつまみがあればもっと美味しいと思うんです」

「酒のアテのこと言ってんのか。確かに何か欲しいと思っていたところだけどよ。何を言い出すかと思えば、変わったこと言う娘だな」


 香織はさらに畳に額をすりつけて言った。


「魯達様が満足できるおつまみが作れたら、お酌の御役目を免除していただいてもいいでしょうかっ……」

「ふん、そういうことか」

「ダメでしょうか」

「そうさなあ」


 魯達は手酌で酒をつぎ、それをぐいっと干した。ほんとうによく飲む。蟒蛇うわばみというのはこういう人物のことを言うのだろう。


「ま、いいぜ」

「ほんとうですか?!」

「ただし、不味いもん作りやがったら一生俺様に酌をするんだぜ」

「ええっ?! そ、そんな」

「この俺様にケンカふっかけるんだから、それくらいの覚悟はできてんだろ? ああ?」

「い、いえ、あの、ケンカのつもりでは」

「ケンカと変わらねえよ。俺様を待たせるってんだからよ。ま、いいけどな」


 酔って血走った目が香織を見据える。魯達は上機嫌だ。

 魯達にしてみれば、香織のおつまみの出来がどちらであっても損をすることはないからだろう。


(うう……自分でハードル高くしちゃったわよう)

 しかしもう後には引けない。言い出したからにはやるしかない。


 それに、香織にはおつまみを作る他にも目的があった。

 多少ハードルが上がっても仕方がない。


(ぜったい美味しいって言っていただかないとっ)

 香織は襷を出すと、素早く袖をくくった。




 魯達は食べ物の好き嫌いは無いと言う。

「もともとは、食えるもんならその辺の草でも食って生きてきた貧乏人だからな。食いもんが好きとか嫌いなんて贅沢なことは言わねえよ」

 すでにお達しがいっていたようで、一階の奥、建物から出た場所にある厨房に通された。


「こんにちは……って、うわ?!」

 厨房は入った途端、籠を突き出された。


「あんたが使っていいのはこれだけだ」

 おそろしく不愛想なおばあさんが香織の手に籠を押しつけた。

「あ、ありがとうございます」

「他の食材は店の客に出す物だから手を付けるんじゃないよ。わかったね?」

「は、はい」

「他の食材に手を出したらタダじゃおかないからねっ」

「は、はい……」


 おばあさんは香織を睨んで舌打ちすると、香織に背を向けて作業に戻った。


(うわ、あんなに大きなお肉の塊があるっ、新鮮そうな魚も……あっ、野菜もトマトとかかぼちゃとか、うそっシソとかネギとか、薬味もたくさんあるじゃない!)


 ぐう、とお腹が鳴る。自分もおなかが空いていることを思い出す。そういえば華老師たちの夕飯を作ってこなかった。

(小英がお夕飯作っているだろうけど、往診や薬作りで疲れているだろうしな。悪いことしたな)


 二人とも心配しているだろう。

 早く決着をつけて、ついでに仕事も決めて、帰らなくては!


(それにしても、あんなにいろいろ食材あるんだから、少しくらい分けてくれてもいいのになあ……)


 じゃがいもと空心菜もどきの青菜はきっとたくさんあって余ったものなのだろう。


(うらやましがってもしょうがないわ。ある材料を最高に美味しく! これぞ主婦の信条よ!)

 もう主婦ではないが、そういうことにしておく。


「さてと」

 なかなか広い厨房で、竈の場所が二か所ある。


(こんなに広い厨房をこのおばあさん一人でやってるのかしら。でも、私が使っていいこっち側の竈は、しばらく火が入ってないように見えるけど)


 しばらく使われていなかったキャンプで使う焚火台のように、竈は煤けてがらんとしている。

 おばあさんは香織を完全に無視すると決めこんだようで、むっすりと黙ったままこちらを見ない。もっとも、竈を含めた調理場が厨房の左右に対称になっているので、作業をしていたらお互いに顔を合わせることはないだろう。


(かえって気楽でいいか)


 香織はさっそく調理に取り掛かった。


 ジャガイモと青菜。どちらも新鮮そうだ。

「きっとこの世界では、今ジャガイモが出回ってるのね」

 華老師の近所の人たちもたくさん持ってきてくれたし、どれも味が良い。今が旬なのだろう。

「青菜は見たことのない物ねえ。小松菜やほうれん草ともちがうわね」

 においを嗅いでみる。少しクセのある匂いがする。

「空心菜に近いかしら」


 前世で、ほうれん草が終わる時期になると空心菜が出回り、しかもほうれん草や小松菜に比べて格段に安いのでよく買ったのを思い出した。


「でも空心菜って、クセがあるのよね」

 智樹や結衣が臭い臭いとぶーぶー言っていたのを思い出す。子どもたちに食べてもらうために苦心していくつか編み出したレシピがある。

 しかし、どのレシピにも薬味が必要だ。

 香織は少し迷って、しかし思い切って、おばあさんの背中に話しかけた。


「あのう、すみません。生姜を少し、使わせていただけないでしょうか」

 あれ? 聞こえてないのかな? 無視しているのかな? と香織が迷っていると、おばあさんがおそろしく不機嫌な顔でこちらを振り向いた。

「薬味と調味料くらい勝手に使いなっ。もう話しかけるんじゃないよっ。いいねっ」

「は、はいっ、すみません、お借りします!」


 香織は食材が並ぶ場所から生姜を取ってあわてて自分の調理場に戻った。


 火を熾しながら、ジャガイモと青菜をきれいに洗う。

 鍋にたくさんの水を沸かしながら、ジャガイモを薄く、うすーくスライスしていく。

 スライサーが無いのが少し痛いが、包丁がよく手入れされているので薄く切るのも思ったほど難しくない。

 スライスしたジャガイモは、水に浸す。水が白く濁ったら捨て、三回ほど繰り返す。ジャガイモ三個分をスライスで使った。

「あと三個あるから、こっちは拍子切りにしよう」

 四角い棒状になるように切って、こちらも軽く水にさらす。

 お湯が沸騰してきたので、そこでさっと青菜を茹でる。その間に刻んでおいた生姜、醤油、ごま油、おそらく魚醤と思われる調味料を少し、手早く混ぜる。

 その調味液の中に、茹でて適当な大きさに切った青菜を投入。


「こっちは完成。あとは、これね」


 香織は大きくて深めの中華鍋のような鍋を出して、その中に大量の油を注ぎ入れ、火にかけた。

「ふふっ、久しぶりに作るなあ。異世界で食べれるとは思ってなかったけど、考えてみれば材料はシンプルだものね。楽しみだわ」

 香織は油が温まるのを待ちながら、ワクワクしていた。

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